思い出
ヨーロッパに旅していたころ、まだ黄色人種への差別はあからさまにあり、
日本の繊細な美しさや日本語の深さ、芸術性を理解してくれる人は少なかった。初めての渡欧時は自分自身もまだ子供だったこともあって、人種差別というものを上手く受け止められず、でも一方でどこか冷めた目で大人たちを見ている自分もいたりした。
大好きだった作家が実は日本人を嫌っていたと知ったときはショックだったけれど、そんな風に、好きなものと嫌いなもの、愛と憎しみを一緒に感じることで、私の心は深く鮮やかに色づいていったのだと思う。人の想いは複雑で、瞬間ごとに変化していくもの。いくつもの色を重ねることで独特の色合いを描く絵画のように。
語学学校には様々な国の人たちがいて、英語で日本について語るときは、(語学の学びの一環なので)みんな一生懸命聞いてくれた。日本の文字(正確には中国由来の文字だけど)に興味をもってくれるイタリア人の若者。日本のファッションを誉めてくれる(ケンゾーとかイッセイミヤケとか)フランス人の男性、日本人にはじめて出会ったというアルゼンチンの女の子。
ファッションや音楽が日本への好感情の先駆者になりかけていた時代。経済の急成長をとげたイエローモンキーではない日本人の芸術性を一気に高めたのが、坂本龍一の戦場のメリークリスマスの曲だった。映画の内容はアレなのだけれど、曲の繊細さと美しさは国境を越えて理解され、愛されて。スイス人の男子が「今うちの街の定時に鳴る電子時計の曲は坂本龍一の戦場のメリークリスマスなんだ。なんて美しい曲なんだろう!」と興奮して話しかけてくれたときは本当にうれしかった。しかめっ面のヨーロッパ人のおじさんから、「日本の高度成長の理由は何だと思うかね?」と聞かれることにうんざりしていた自分にとって、それは何十年後の今も忘れられない大切な思い出だ。
hisako
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