こわいもの

私はめちゃくちゃ"ビビり"である。
それを踏まえて今回は私の思う「こわいもの」を紹介したい。

「"知ること"って怖い」

この記事は私にとって「知る」ことは怖いものであることを説明したくて書いた。めちゃくちゃ自己満。こんなもん発信して申し訳ない。

「知る」ことが怖いものであることを説明する前に、「知る」反対の「知らない」を私なりに説明したい。

私にとっての「知らない」はその字の通り「知らない」。そのことについて何もわからないし、名前すら知らない。存在も知らない。認識したこともない、そういう存在。

反して「知る」は?
そのことについて知っているし、どういうものかも(だいたい)理解していて、認識している。そして、それを知ってしまったが最後、自分の中からそれが消えることはよっぽどのことがなければ無い。

これがもうめちゃくちゃ怖いよね。自分の中からそれが消えないんだよ。"それ"が自分にとって良いものならいいけど、もし"それ"が自分にとって悪いものなら?ああもう怖いね。
特に怖いのは私が誰かに何かを伝えたとして、誰かがそれを「知っちゃった」時。
もしその人が知りたくなかったことなら?私はその人に一生消えない傷を負わせたようなものだ。
だからこそ公開範囲をつけていないアカウントでは発言に気を付けている(つもり)んだけど…その話はまたいつか。

多分、普通の人は知ることに対しても、知らせることに対してもこんなに考えてないと思う。だからこそ、私はめちゃくちゃ"ビビり"。

極端なことを言ってしまえば噓だって事実になる。自分以外が知らなければね。

とまあ今まで「知る」ことの嫌な面ばかり書いてきたけど最後に。

「知る」ことも悪くない、とは思う。誰かが書いた価値観や、誰かが書いた物語、誰かが書いた意見を「知る」ことで人は構成されているから。(だからこそ「知る」ことって怖いんだぞ!!って私は思う)
その誰かが居なくなったとしても残した言葉や価値観を受け取った人がいる限り、その人は消えない、と思う。
「俺は俺だが、俺は俺からできたわけじゃない。全部、全部貰い物のよせあつめからできたものなんだ」
って言葉がずっと好き。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?