嵐の後に… ①
電車が止まる可能性があり、自宅待機という名目で、仕事を休んだ。
電車が止まったのは、今年に入って三回目。
最初は地震。駅の改札へ繋がるエレベーターを待っていたら、激しい揺れに慌てる。
「地震や!どうしようっ!」
たまたまエレベーターの前で居合わせた見知らぬおばさんが、私に向かって叫ぶ。丁度エレベーターが着いて扉が開いた。
「取り敢えず…エレベーターには乗らない方が良いですね」
地震に驚いたものの、私に向かって「どうしようっ!」と叫んだおばさんの、絶叫に対する動揺の方が大きかった。私は、妙に冷静に回答をしながらも、電車に乗り遅れてはいけないので、改札を目指して階段を駆け上がった。
電車は着いておらず、構内アナウンスで運転を見合わせていることを知る。先着の各駅電車は線路上で停車したらしい。この後に急行がやって来て、それに乗るのが常なのだが、どう考えても遅れそうだ。職場に電話したが案の定繋がらない。ホームにいる人達殆どが、私を含め、何処かや誰かと連絡を取ろうとして繋がらない状況に陥っていた。
暫く待って、各駅列車がホームへ、更に暫く経って急行列車も構内へ入って来たので、乗り込んだ後もひたすら携帯電話での連絡を試みたが、職場には繋がらなかった。
電話は繋がらないが、間もなく、メールのやり取りが出来ることに気付く。愛媛に住む従妹がいち早く、地震による安否を心配するメールをくれたからだ。従妹へ返事を返しつつ、まだ出勤時間になっていない自宅の母へメールを送り、自宅から職場への連絡を試みてもらうが、やはり繋がらないようであった。
電車が続けざまに入って来たことで、間もなく運行は再開するだろうと勝手な予測連絡をしたために、従妹を混乱させた。結局その後、三時間運休を余儀なくされたのだった。待っている間に職場へ連絡が着いたものの、一時間目の授業には到底間に合いそうになかった。学校側も事情は理解してくれているので、仕方のないことなのだが、何度か電車で行くことを諦め、時間が掛かってもバイクで行こうか、しかし帰りが面倒…などと迷い迷い、駐輪場へ向かえばその度に、反対方向へ向かう電車が発車するのが見えたりしたため、間もなく運行するかと結局ホームへ戻る…ということを繰り返した。
途中でトイレに行きたくなって、駅のトイレへ向かうと、恐ろしい行列。駅から連絡しているスーパーマーケットへ移動したら、有り難いことにガラガラでとても助かった。店舗は通常通り営業されていて、開店直後の買い物客が何事もなかったように、かごを下げて品定めしている。店内BGMは相変わらずゆったりした調子で、ここだけ時間が止まって存在しているような、何だか可笑しな雰囲気であるように思えた。
職場に着いたきっかり三時間後、電車通勤で到着したのは私が最後だったと知って衝撃を受けた。殆どの職員がマイカー通勤で、業務の関係で早めに出勤しているせいでもあるのだろうが、私より遠方から通っている職員も、途中からバスなどに乗り換えたらしく、三十分も前に到着していた。災害に遭った駅から乗継バスが運行されていたために、乗り換えには大分面倒がかかったようである。私にも他に方法があったのではないかと後々調べてみたが、やはり無駄な抵抗だったと判った。
二度目は集中豪雨で、始発から電車が止まっていた。知らずに出かける準備をしていたところ、週一度未満で早朝に出掛けて行く、普段はまるで役に立たない父親から、「電車が止まっている」という電話を受けたのでテレビのニュースを確認した。そのまま自宅から職場へ連絡し、ニュースやら電鉄のHPで運行状況を確認しつつ出勤に備えたが、結局運行が再開されたのは昼の授業が始まる頃。行ったところで仕事にならない上、警報は解除されないままだったので、学校は休校、私の自宅待機も、災害による欠勤という扱いとなった。
そして三度目の今回、五十年に一度の大型台風という予報が早いうちからニュースになっていたが、新学期も始業式を迎えた翌日ということで、割と甘い考えでいた。電車も、午前中は通常通り走るらしく、台風上陸が予想される午後から、運行を見合わせるという事前情報だった為、出勤するつもりでいた。
帰りが危険だと言われていたので、既に職場から自宅待機の連絡を受けていた母に車で駅まで送ってもらい、帰りも予定通り電車が止まったのなら、職場まで迎えを頼めば帰れるのではないかと思っていたのだ。
しかし、大型トラックが横転するほどの強風が吹くとの予報。普段駅まで走らせている原付バイクはどう考えても危ないと諦めていたが、大型トラックよりも軽いセダンでも危ないと考えざるを得ない状況である様子。警報は、嵐の前の静けさとしか思えないような、雨も風もまだやって来ていない夜明け前から発令されていたため、学校が休校になることはほぼ間違いなかったが、事務作業が山のように待っているので、児童が来ずとも仕事がないとは言い切れず、直前まで出勤を迷った。結局、自宅待機を申請する電話を入れたことが間違いではなかったことを、数時間後に実感する。
暴風雨に備えて、この日は家中のシャッターを開けないよう家では打ち合わせをしていたのだが、警報が発令されているはずの夜明けは晴れと曇りの中間くらい。秋と呼ぶにはまだ暑いので、取り敢えず一階の和室以外は全開にした。
洗濯物は室内干しの予定で、暴風に備え、物干し竿も全て降ろして紐で固定していて使えない。室内干し用の洗濯物干しに吊るした後、少しでも風を当てた方が乾くかと考え、それごとベランダへ出した。
その後、仕事帰りに買って来る予定だったバナナを、近くの二十四時間スーパーへ買いに行く。わざわざ買い物に出掛ける…ということが苦手で、大抵は何かのついでに買い物をして帰って来るのだが、今回ばかりは仕方がない。だって翌朝食べるバナナ…無かったんだもん。そして予想通り、わざわざ買い物に出掛けた時の悪い癖と、予定外に時間が出来たことの相乗効果で、バナナ以外の商品を物色し、買い占めることとなった。
『あ…犬用の大根、確かもう無かったはず…』
『コーヒー明日(生協で)来るけど、今日のティータイムに飲む分無かったから買っとこ…』
『いやぁ!スティックコーヒー(職場用)、○○○(いつも買う店)より百円も安い!こりゃぁ買っとかな!』
『ここ来たらデザート買いたくなるねんなぁ』
豪雨災害目前のスーパーマーケットにはそこそこ人が居るのに、レジは二箇所しか空いていない。恐らく普段はもっと人が少ないのであろう。以前来たときは、商品も在庫ばかりで品薄な印象だったので、いよいよここも店仕舞いが近いのではないかと心配していたのだが、今日はその時のことが嘘のよう。入荷配備されていく商品の数々は小奇麗で、店内の照明も明るいように感じたのであった。
嵐の前だからなのか、たまたまなのか、それとも平日のこの時間帯はこんなもんなのか、しょっちゅう来るわけではないので判らないが、男性の一人客が幾分多い気がする。
『夜勤明けに買い物とかしに来たんだろうか…』などと想像しつつ、行列に並び、バナナだけのはずが、結局一時間滞在したうえ、トータル二千円超の散財をして帰る結果と相成った。