久々に…
家族に犬が増え、その後、人数が減って、人が三人と犬…という家族構成が定着してからは、人はほぼ二人…という生活だ。家庭内別居状態の我が家では、父というものは何処で何をしているのかわからない存在である。女二人の喧嘩などしょっちゅうだが、最近はめっきり減っていた。
それにはちゃんと理由があって、過程は他の機会で書きまくっているので省くが、今まで喧嘩の原因となる根っこの部分が、ある事件をきっかけに解消されたことから、女二人の母娘喧嘩というものがほぼほぼ無くなったのであった。
しかし、解消されたと思っているのは、娘である私の方だけなのかも知れなかった。今回の喧嘩も、結局は根本が同じである気がしたからだ。
その年の九月は雨が多く、仕事を終えた後の耕作がなかなか進まなかった。冬野菜を植えるための畝づくりがようやく再開できた頃、伸び放題の草の中に埋もれるように生えていたハーブが、姿を消していることに気付いた。
噴き出す汗を垂れ流しながら、『もうやめよう』と思いつつ肉体を酷使して鍬を振るう最中、不意に爽やかな香りに癒されることがある。自生のミントだ。荒れ放題の土地に、勝手にミントが生えている。吐きそうな脱水状態の中で、束の間の清涼剤。お蔭でかなり単純にミントの虜になった私は、田舎に帰った際に見つけた、ちょっと素敵な苗屋さんで数種のハーブを購入した。
ペパーミント、スペアミント、ロイヤルミントの三種類と、二種類のオレガノ、タイム、食用にパセリを、長い畝に30センチ間隔で植える。このひと畝をハーブゾーンにしたかったため、繁殖するのは大歓迎であった。
ほったらかすこと数カ月。ペパーミントとスペアミントは縦に伸び、ロイヤルミントは横に蔓延り、オレガノとタイムは雑草に負けて行方不明に…パセリは料理に使われることなく枯れてしまった。
香りの良いミントばかりが元気いっぱいなので、それはそれで良いかと放置していたのだが、畝づくりがハーブゾーンに近付いた頃、自らが植えたそれらがなくなっていることに気付いたのである。横に蔓延り、雑草の仲間入りをしたようなロイヤルミントだけは何となく見え隠れするが、小さな木、宛らに縦へと急成長していたミントたちの姿がない。それらは密集する雑草よりもずっと背が高かったので、草の狭間で一際目立っていたのに、見当たらないのである。
何故?何処?
一般的な農業人とは違って、作業の開始が本業を終えて帰ったあとの日暮れどきなので、作業を終える頃にはとっぷり日が沈んでいる。街灯の明かりを頼りに鍬を振っても、昼間と比べれば暗いのは当たり前で、見つけられないのはそのせいだと思っていた。しかしどんなに毎日探しても見当たらず、試しに農耕具で植えたあたりの雑草を引っ掻き回してみるが、香り一つ漂ってこないのだ。まさか知らぬ間に枯れたのか…と思いつつ、とうとう台所で夕餉の支度をしている母に尋ねた。
「なぁ…私が植えたミント知らん?何処探してもないんやけど…」
母は表情を変えず、目と口だけを丸くして答えた。
「あぁ、抜いたわ」
料理する手も止めず、何も特別なことではない…といった風情。
一方、私は開いた口が塞がらない。
『今何言うた?抜いたって?何を抜いた?私が植えたハーブをか?』
開いた口を閉じないまま、思わず絶叫する。
「何で勝手に抜くんよ!人が植えたもんを何で?抜くんやったら抜く前に断るとかあるやろ?しかも抜いといて黙ってるって何?」
一気に捲し立てる。
「あら、ごめんなさーい。」
半ばふざけたような心のこもらない一言が余計にイラつき、怒りが沸き上がる。
『よくもぬけぬけと(怒)』
怒りは収まらないが、抜いたものを元に戻せと叫んだところでどうしようもない。苛々は募るが、怒りの鞘は一旦納めたつもりだった。
しかし、流石にご機嫌麗しく…という気分になれるものではない。一方、食卓に着いた母は、何事もなかったように、職場仲間で発生したという〝宝くじを買って神頼みツアー行く計画〟とやらを、うきうきと話し出した。普段宝くじなんか買わないのに「買うの?」と訊ねれば、「今年金運あるから」と乗り気だ。どうやら貯金の利息が入ったことを言っているらしいのだが、妙に引っかかったのは、前代未聞の事件があったせいだ。
「いやいや…その前に人のお金(私が払った生活雑費)失くしたやんか。しかも未だ見つかってへんし。金運ないのは私か?」
黙っていられず、本音が出た途端、母の表情が一変した。
「自分で立て替えて払ったんやから、あんたに迷惑掛けてない!」
聞いて呆れた。
「それって金運あるの?それにそんなん関係ない。立て替えたからって、渡したお金失くされるとか気分悪いわ」
本当に気分が悪かった。
私は自分が、おかしなことを言っている自覚がまるでなかったが、先程まで浮き足立っていた母は、こちらを見なくなった。
「もうええわ!自分で立て替えて払ったんやから、あんたに迷惑掛けてないやろ!(再び)」
そう叫んだ後、母は口を利かなくなった。結局、自分の非は、自分で尻拭いをした…という結論の一点張りであった。心ってなんなのだろうと思う。しかも、何処が「今年金運ある」のだ。
「で、結局宝くじは買うの?」
空気が不穏になり始めたところ、何気ない振りで投げ掛ける。途端に、予想外の絶叫に張り手を食らわされた。
「そんなんあんたの知ったこっちゃない!」
返す言葉がなかった。今度は私が黙る番であった。投げかけられて切り捨てられると、黙るしかない。
『じゃあ何で話したのさ。何だこれ?』と心の中では呟くが、実際、口にするのはやめておいた。