みっちゃん、カッコいい事件②
卒業も迫った三学期。6年生の図書の時間は、卒業式練習を理由にカットされることが増えていった。休み時間に訪れる6年生の数も徐々に減り、みっちゃんの姿を見る機会も少なくなってしまった。
元々ここには週二日しか訪れない。各学年一クラスなので、授業時間は各日3時間。あとは兼任の大規模校(週三日各6時間授業みっちり。放課後開館もあり、一日走り続けて片付けをしていたら終業時間を当たり前のように過ぎる)では出来ない雑務に追われる。書類関係の処理や、毎月の図書だよりの作成、授業の準備など、事務作業は空きのあるこの週二日にまとめてやらないと、後の三日では作業過程のデータを開く暇さえない。
ある日の長休み、みっちゃんが本を読みにやって来た。「久しぶりやな…」と声をかけた気がする。みっちゃんはいつものように黙々と一人読み。一方、一緒にやって来た同級生たちは、傍でわらわらと大騒ぎしながら一冊の本を取り囲んでいた。何の本かは知らないが、みっちゃんも呼ばれて覗きに行き、納得したのか、再び自分の本を読みに戻る。
同じ日の昼休み、またもやみっちゃんがやって来たが、本の借り換えだけして戻っていった。何か用事があったかな…?と思っていたら、入れ替わりで6年生男子が3人組でやって来た。
「先生、みっちゃんは?」
「は?知らんで?さっき来てたけど、すぐ帰ったで?会えへんかったん?」
「えーーーーっ!みっちゃん、ずっと探してたのに!絶対ここ来てると思ったのに、どこ行ったんや、みっちゃんは!サッカーしようって言ってたのにーーーーっ!」
三人組が大騒ぎする。
「サッカーするって言ってたんなら、運動場行ったんちゃうの?」と畳みかける。
「ちゃうねんっ!行ったんやけどおらんかったからさー。もう!どこ行ったんや、みっちゃん!かっこいいみっちゃんは何処やねん!」
みっちゃん、えらい人気やな…。
「みっちゃん、ほんまかっこ良いよなー❤」
3人組の一人が言う。あとの二人も「かっこいい、ホンマカッコいいわ!」と同意。
「まぁ…確かにみっちゃんカッコいいけど…」と思わず相槌を打つ。突如3人が一斉に大騒ぎしだした。
「先生!みっちゃん、カッコいいって言った!カッコいいやってーーーっ!マジかっ!先生、みっちゃんカッコいいって思ってるんや!」
「みっちゃんカッコいいけど…(あんたらみんなそれぞれカッコいいやんか…)」
( )内を続けるはずだったのに余地を逃してしまったばかりか、思わぬ反応に開いた口が塞がらなくなってしまった。
司書が児童を〝カッコいい〟と形容した。形容したは良いが、彼らの言葉をエコラリアしたのがきっかけであり、深い意味は無かったはず。何なのだ、この反応は?
「やーい、やーい♪」と冷やかされている気がして、急に恥ずかしくなってくる。ごまかそうとした口元が皮肉にも歪んだ。
大騒ぎしていると、当のみっちゃんがやって来た。3人組のテンションがヒートアップする。
「あ、みっちゃん来た!みっちゃん、先生、みっちゃんのことカッコいいって!」
何の話か?という顔をしていたみっちゃんが、一瞬こちらを振り返る。不意に伸びてしまった鼻の下をごまかすように、みっちゃんが口元に力を入れたのがわかる。目だけが少し笑ったように見えた。
「みっちゃん、やっぱ誰が見てもカッコいいよな~❤」
三人組が続ける。今までそんなことを言い合っているのを見たことがなかった。けれど見たことがなかっただけで、実際、クラスでは誰もが「みっちゃん、カッコいい!」と思っていたのかも知れない。
男も惚れるみっちゃん。子どもだけど、やはりカッコいい。
この〝みっちゃん、カッコいい〟事件を経て、女子の意見はどうなのだろう…と興味が沸く。
ある時、6年女子が集っていたので、ちょっと聞いてみた。
「クラスの男子でモテる子って誰なん?」
男子よりずっと大人で、背も高い彼女たち。何人かの名前が挙がるが、納得するやらしないやら…。というのも、6年間ずっと単学級で成長してきた彼らは、クラス全員が幼馴染のような兄弟姉妹のような様子。とはいえある程度の年齢になると、誰それがカッコいいとか、誰が誰を好きだとか、そういった方向へ目線や気持ちが変わっていくのは例外ではないらしい。では当のみっちゃんは…?
男子よりずっとクールな女子たちは言った。
「あ~、確かにカッコいいけど、モテてたのは低学年のときかな」
女子たちはみっちゃんを「みっちゃん」ではなく、名字で呼んだ。決して非モテではないだろうし、今も彼を好きな女子は居るだろうが、表面的には成熟度の高い男子が、6年生では注目されるようである。
確かに…私が小学校の時に好きだった人は、文武両道で背が高く、自分よりずっと大人の雰囲気がある同級生だった。運動も勉強も出来る優等生で、主張の少ないクールなタイプ…というのはみっちゃんと同じだが、同級生とは思えない体格の良さだけは違っている。彼もあまり笑わないタイプだったが、多分、心の中はみっちゃんの方がずっと大人で優しさがあった気がする。膝に乗った2年生を構わない代わりに、邪険に扱うこともないみっちゃん。膝乗り2年生は、一人読みに集中していたのが別の上級生だったら、わざわざ膝の上に滑り込むことはなかったのではないか…。
みっちゃんはやっぱりカッコいい。そうはっきり感じたのは、3人組の素直な意見を聞いたからだが、読書家だからというだけではなく、主張がないのに人を引き付ける要素が目を引いていたのは確かだ。週に二日しか来ない、影の薄い大人女子にモテても嬉しくないだろうが、鼻の下が伸びたのをごますように笑ったあの表情は、今まで見たことがないみっちゃんを見られたようで、とてもレアな気分になったのであった。