変化する症状と病名

 絶縁中の妹が、姪っ子を会わせに行っても良いかと、謎のメッセージを送って来た。何の問題も解決していないので意味が解らないと、無視していたら、彼女の夫から母の方にLINEが入った。
【七月に京都へ墓参りに帰るので、泊まっても良いですか?】
 母は現在、次女のLINEをブロックしている。
 結局は、宿代わりに嫁の実家を使おうという魂胆なのであろう。彼には隣の市に実の兄家族が暮らしているが、何故そちらに泊めてもらわないのか、不思議で仕方がない。両親亡き今、唯一の兄弟だというのに、元々あまり話す兄弟ではないらしいが、絶縁している嫁の家族の家に泊まろうと思っている方が、私は意味がわからない。
 私だったら「状況分かってて言ってる?」と返してやるところだが、他人に「NO」と言えない性分の母は、【いつですか?】と返信した。候補がふたつあり、八月により近い方に決着したらしいのだが、必要だからだろうか。母が余計なことを書き送った。
【今月と来月に検査があり、結果によっては手術になるので、結果出たらご連絡します。私ではなく、あの子の姉の方ですが…】
 夫からは『了解』とスタンプが帰って来ただけなのに、妹からは着信があった。家に二回。しかしこちらは出なかった。
 切っていたスマホの電源を入れたら、こちらにも二回、着信があったことがわかった。電話は嫌いだと何度も言っている。しかも、絶縁状態は解けていない。時は何も解決してくれないし、自分が変わらなければ何も変わらないと何度も言っているから、情にほだされて融解させようものなら、また痛い目に遭うのはこちらの方だ。だから私は徹底的に無視を決め込んでいる。結果、連絡を取らなくなってこの三ヶ月、妹のストレスからしっかり解放されている私は、別の問題さえ見て見ぬふりをしていれば、日々、心穏やかである。

 嫁が職場復帰して、子どもたちがこども園に入った弟一家は、今月、我が家を訪れていない。状況が状況なので、敢えて呼び込む気はそもそもないが、心配しているのは最盛期の夏野菜だ。今年も日々豊作で、しかも既に新じゃがではなくなりつつあるジャガイモも、持って帰らせてやれていない。それが気になって、こちらが持っていくだけ持っていくか、弟が仕事の帰りにでも取りに寄れないかと、母が電話した。途端に聞かれたらしいのだ。
「あいつ、体調悪いんか?」と。
 本人に連絡が取れないので、兄の方へ探りを入れたのだろう。そもそも彼らにいちいち言うことでもないので、弟にとっても寝耳に水だ。言うことでもないし、知らせることでもない。余計な心配をかけるから…なんて温かい感情からではなく、大体姉のことになど興味がない連中である。新しく築き上げた家族は大切にするが、出て行った元の家に住む血縁はどうでも良い。知っているから何も言わない。今後も、何も言うつもりはない。それに、まだ、検査の日程が決まっただけなのである。
「どこがどう悪いのか…」と聞かれたのだろう。
「月に十日ぐらいお腹が痛い」
「今に始まったことではなく、結婚前の二十歳ぐらいからずっと…子宮とか卵巣とか、検査してみなわからんけど…」
 こちらに聞こえる母の応対の言葉だけを聞いていて、耳を疑った。一体誰の、何のことを言っているのか?話の流れからして、私が検査をして、その結果によっては手術の可能性がある…というところまではわかった。しかし月に十日ぐらい腹痛があり、結婚前の二十歳ぐらいからずっと…とは?
 私は未婚だ。昔から生理痛はきつい方だが、今回検査することになったのは下腹部痛だ。月に十日から二週間もの間、痺れるような鈍痛が続き、そこから派生して太腿まで痛むようになり、座っていても寝ていても痛みが和らがなくてのたうち回ることが続いた今月、とうとう病院へ行ったのである。
 症状のスタートは、十年ほど前に不審者に遭遇したのがきっかけだ。それから生理時にかぶさるように二ヶ月に一度、生理痛以外の痛みを引き起こし、生理が終わった後も一週間以上続く。卵巣の問題かと婦人科に行き、エコーで診てもらったら、卵巣も子宮も綺麗で問題ない。稀に、生理時に腸痙攣を起こす人がいる。そう言われて、薬も出なかった。
 次に行ったのは泌尿器科。山の上の極寒の勤務地で、冷えから来たのか、いつもの痛みが百倍くらいになった。膀胱炎っぽい症状も併発しており、駅から家までの途上に出来た新しい医院に、勤務後飛び込んだのだった。同じくエコーで、今度はS字結腸が腫れていると言われた。また、薬も出なかった。
 消化器内科に飛び込んだのは二年前だ。この頃には二ヶ月に一度ではなく、毎月どころか生理時に関係ない時ですら痛みに苦しむことが増えていた。レントゲンの結果、重度の便秘とガス溜まりを指摘され、漢方と整腸剤を数ヶ月飲み続けたが、すっきり良くはならなかった。ストレス性の過敏性腸障害の可能性と言われたが、それに対する対策をとりながら、痛みが酷い時は鎮痛剤でごまかす…という日々が続き、現在に至る。
 昔からよく、お腹が痛くなる子だった。内面の気が弱く、発表会などでお腹が緩くなるのは妹の方で、こちらは父由来だが、私は逆だった。便秘をしやすい体質で、母は子どもの私を脅した。
「大腸癌になるで!」
 なんちゅう親だと思う。子どもだぞ、相手は。怖がることしか出来なかった私は、成長と共に小食だったのが豹変して、当時ほど便通に悩まなくなった。
 電話を切った母に怒った。
「嘘ばっかり言わんといてくれる?」
 母の中では滅茶苦茶になっていた。
 私の腹痛は生理痛の酷いやつで、時々猛威を振り上げる。学生時代も真っ青になって倒れ、バイト先に迎えに行ったことがある。それと違うの?と…。
 全然違う。
 そもそも今回の検査は腹部CTと大腸カメラだ。検索を重ねた結果、腸管子宮内膜症の可能性が出てきてはいるが、それも検査結果を見てみなければわからない。生理痛以外の下腹部痛と太腿痛が酷いから病院に行き、便秘やガス溜まりの薬を何ヶ月も飲んでいるのに、何故、そこで原因が子宮や卵巣となり、結果も出ていないうちから人に言いふらすのか?それに、真っ青になって倒れた記憶も、バイト先に迎えに来てもらった記憶もない。それ…誰のこと?
「間違ってたって、ちゃんとLINE入れといてよ!」
 そう言ったのに、「ハイハイ」と軽くあしらった後、スマホを弄りもせずに畑へ行こうとしたので再び怒ったら、何やら長々と打ち込んでいた。
 夜、別件で母のスマホを確認したついでに、弟宛のラインを見る。
【嘘ばっかり言うなって怒られたわ!子宮も卵巣も問題なかってんて。腸が子宮を圧迫してるのかも。】
 真実は何一つ伝わっていない。腸が子宮を圧迫?誰がそんなん言うたんや。
 もうええわ…と思った。どうせ、向こうも興味ないやろうし…。こうして妹にも、嘘の現状が伝わるのだろうが、いずれもこちらに何か言ってくるわけではないので、もう放っておくことにした。

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