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好きな動物について

 大人になって初対面の人と話す時、特に人見知りの私は、何を話せば良いのか、何から話せば良いのかわからなくて困る。考えすぎて、日常的な天気の話や社交辞令に終始していることに気付き、当たり障りのない重要なツールともいえるそれさえ、わざとらしく、違和感を抱えるもののように錯覚するくらいだ。本当に嫌になる。
 それに比べ、子どもの頃の会話とは、つまらないことのようでいて案外内容が面白い。殆ど意味などないことのように思えても、実は奥が深かったりする。目的の見えない会話でも、それが互いを知る為のキーポイントになったりするのだ。それでいてそれらは、ほぼ無意識の中から生まれる。そう考えれば、子どもとは、会話の天才なのではないかと思う。
 
 子どもの頃、友達と、好きなものについてよく話をした。日常の中にある、あらゆる〝好きなもの〟〝嫌いなもの〟を話題にすることは、何故かウキウキと心が躍る。大人になった今でも、そういう話になれば浮き足立つ。〝好きなもの〟を想像するだけで楽しくなり、気持ちが明るくなるせいだろう。
 そんな中、「何の動物が一番好き?」と訊ねられたことがあった。
 自分が子どもの頃、友達同士でした会話の中でも、テーマのひとつとして挙がっていたかも知れないが、実はこの質問を一番最近されたのは、しっかり大人になってからだ。
 質問者は、当時幼稚園児だった友人の娘。
 私は考えた。
『動物、ドウブツ、どうぶつ……?』
 基本、動物は好きだ。動物園に行けばそれなりにテンションが上がるし、オーストラリアに旅行した時は、コアラやカンガルーと触れ合って大はしゃぎした。乗馬に対する欲求も強いし、イルカと泳ぎたい願望にも溢れている。新婚旅行をするなら、アフリカのサバンナで自然のサファリを見てみたい。しかし好きな動物…それは何だろう?今まで深く考えたことがなかった。
「象も好きやし、キリンも好き、ライオンもカッコいいし、出来るなら赤ちゃん抱っこしたいな~。馬も捨てがたいけど…あ、パンダはすんごい可愛いよな~。一緒に暮らしたいから、一番はパンダかな!」
〝一番好きな〟動物と限定されているにも関わらず、目移りしまくった挙句、思い出したように答えた〝一番〟に、彼女は冷めた視線を投げ掛ける。優柔不断な大人だな…とでも言いたげだ。
「じゃあ、Hちゃんは何が好きなんよ」彼女に訊いてみる。
「Hちゃんは犬が好き!」友人の子どもが即答する。
「犬…?」
 思いかげない回答であった。脳みその中をスローモーションで犬の姿が駆け巡る。
 犬…?犬って、動物か…?
 犬が動物?
 動物、ドウブツ、どうぶつ…。
 あ、動物か!
 犬は動物である。全身毛むくじゃらのそれは、明らかにケモノ…動物だ。
しかし私は、犬が動物であると認識するのに随分時間がかかった。
 何故か…。恐らく私には、犬という存在自体が身近過ぎて〝動物〟という意識を持てないのである。それは犬に限らず、猫も同じだ。犬や猫は、私にとって〝動物〟ではない。勿論彼らは〝人間〟とは違うが、限りなく人間に近い存在、人間社会に密接過ぎる、言わば第二の人間だ。私にとって〝動物〟とは、近くに居ても容易に見たり触ったり出来ない、非日常的な〝生きもの〟を差す。依って犬や猫は、人間ではないが動物でもない。犬は犬であって、猫は猫なのである。
 うちには犬が居て、私はその犬と一緒に暮らしている。暮らしている時点で、彼は家族であり、ペットや動物ではない。私には子どもがいないので、我が母にとって彼は息子のひとりであり、私にとっては年の離れた弟なのである。
「犬…そうか。犬も動物やったなぁ」
 呟いた後に気付いた。彼女は今、すごく犬を飼いたがっていたっけ…。
 家庭の事情で、犬と暮らす経験がないまま育った友人の子どもにとって、恐らく今も〝犬〟は〝動物〟であろう。幼稚園児だった彼女も、この春、高校生になった。これから大人になるつれ、彼女にとって犬や猫が動物以上の存在になるかはわからないが、当時の質問を是非大きくなった彼女にしてみたいと思ったりする。
 因みに友人である彼女の母が好きな動物は〝猿〟である。そういえば学生の頃から友人は猿好きだった。何故〝猿〟なのか、私にはその心が解らなかったが、とにかく「可愛い!」の一点張りで、「飼いたい!」とまで言っていた。物好きな子やな…と思ったことを思い出しながら、何処かで聞いた話やな…と、記憶を辿る。
 そういえば、我が弟(人間)も猿が好きだったような…。昔々、姫路セントラルパークの動物ふれあいスペースで、唐突にリスザルを抱っこし、奴は私を仰天させた。
「猿なんか抱っこして…良いの???」
 私にとって猿は、明らかに動物である。
 奴は言った。
「かわいいー!サル飼いたーい!」
 友人と同じ感覚を持つ人間が、実はこんなに身近にいた。
 家を離れた我が弟が、久しぶりに実家を訪れた際、何となしに訊いてみる。
「昔、猿好きやったけど、今でも飼いたいと思ってる?」
 答えはイエス。やはりよっぽど好きらしい。
 私もパンダや馬なら飼ってみたいが、当然ながら住宅事情からして無理だろうなぁ…。
 
 因みに、友人の子どもHの質問には続きがある。
「犬やったら、何の犬が好き?」
 柴犬の仔犬に夢中で、現実では叶わない〝柴犬を飼う〟という夢を、ゲームの中で実現させていた彼女に私は答えた。
「犬やったら一番、チョコ(当時の愛犬)が好きかな!」
 そういう意味じゃないんやけど…。Hの顔は言いたげであったが、
それ以上の答えはナッスィングであった。

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