妹という人 ②

 その日は犬を連れて、午後からドッグカフェに行く予定だった。午前中、用事の為に外出し、前日から眠れないほどの痛みを発し出した扁桃腺を何とかするために、急遽医者へ寄って帰ると、丁度正午であった。
 妹の部屋を覗く。彼女はまだ寝ていた。ヨガをやめたので、約束していたドッグカフェもドタキャンかと思いながら声を掛ける。
「もう昼やけど、ドッグカフェ行けへんの?」
「うぅーーーーーーん」と寝ながら伸びをする。こういう時は大抵、「まだ眠たいからやめとく」とか言い出す。しかし今回は違った。
「あんな時間に寝て、よぅ起きれんなー…」
 前日と同じ言葉を発する。外出した彼女の送迎で夜中に帰宅し、入浴の順番待ちをして最後になった長風呂の私が、実際ベッドに入ったのは明け方…。睡眠時間は三時間足らずであった。
「起きてせなあかんこと、いっぱいあるからね」
 私は彼女が動き出すのを待てずに、洗濯物の様子を見にベランダへ赴いた。
 午前中降っていた雨が上がり、天気予報では、午後から天気が回復すると言っていたので、私は部屋干ししていた衣類をベランダへと運んだ。外に出していたタオル類は、まだ乾いていない。ハンガーに掛かった洗濯物を取りに部屋へ戻ると、妹が誰かと電話をしていた。ちらりと私を見、人差し指を立てて口だけを動かす。
『一時で良い?』
 私は〝了解〟と合図を送る。今回は約束通り、出かけるつもりらしかった。
 妹は時間を守り、一時前には「もう行けるで」と準備を整えていた。いつも宛にならないので、のんびりしていた私は慌てた。
 バタバタと用意をする。荷物は午前中のものをそのまま持ち出せば良かったが、主役である愛犬の準備をまるでしていなかった。水やおやつ、散歩グッズを用意し、嫌いな車に乗せられることを察知して三階に隠れてしまった犬を迎えに、階段を駆け上がる。その間、妹は玄関先で爪を切っていた。
 準備は自分の事が出来れば終い。彼女はそういう人だ。免許を持っていても運転する気が無いので、助手席に乗るため、車が車庫から出されるのを、じっと待っている。運転しないのなら、犬の準備を代わろうか…という意識も恐らくない。マイペース万歳!である。
 そういえば旅行に行く時も帰る時も、家族からはいつも、私が遅いことを理由に怒られる。確かに私は昔からすることが遅い。しかし最近気付いた。私は自分以外の準備や片付けもしているのである。好き放題に詰め込まれたトランクの荷物を整理整頓して積み直し、犬の乗り心地を配慮して座席を整え、とっ散らかった宿の部屋を、ある程度片付けてから鍵を返す。自分達のことだけ済ませてさっさと帰る気になっている人々にとやかく言われる度に苛々したのは、私が自分だけのことで遅くなっているのではなく、他のことに手を取られているせいだということを、他の誰も気付いていないばかりか、私自身も自覚していないせいであった。
 先日、昔話から派生した様々な蟠りを解消に向かわせるような会話が成立して、引き摺り続けたトラウマを若干発散させた上で理解もした為に、妹は機嫌が良かったようだ。私が事前に調べてメモしていたドッグカフェが、潰れて無くなっていたという事実に、調査不足を指摘して怒ってはいたが、珍しくすぐに機嫌を直した。今までなら一度キレると怒ったまま口も利かず、何日も長引いたのに…。ちょっとは大人になったのだろうか…。
 急遽、スマホを駆使して別のドッグカフェを探し、無事辿り着く。場所が山間だったせいか、午前中で止んだはずの雨がそこでは降りしきっている。平日だったことも重なって、隣接するドッグランは閉じており、カフェの客も私達だけであった。
 名前は冴えないが、小奇麗で雰囲気の良い店であった。あまりにメニューが豊富なので迷いまくる。優柔不断な私は、いつも決断に時間が掛かるのだが、妹はそれ以上に掛かっている。ちょっと意外であった。
 結局、チキンドリアとハンバーグセットをシェアすることにし、犬にはわんこメニューから、茹で野菜がたっぷり乗った鮭のリゾットを注文した。
 食事中、妹は何度もトイレに立った。
 実は先日、鳥の生レバーに中ったのだという。それからどうもお腹の調子が良くないらしい。確か昨年は、ユッケに中っていたはずだ。一度生肉に中っているのに、懲りていない。しかも同じ店で食べて中ったのだと言う。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 大体、元々お腹が弱いはずである。父と一緒で昔から正露丸が常備薬。私は匂いが駄目で、飲んだこともないのに、彼女はしょっちゅう正露丸の匂いを漂わせている子どもだった。
 結局、ドッグカフェに滞在中、一時間ほどの間に五回もトイレに走り、帰り道の三十分も持たず、トイレを借りにコンビニに寄った。
 家でもトイレと友達で、帰省中、食べ物を口に運んでは、トイレに走っていた。しかも夜中に行って電気を点けっぱなしており、指摘すると、〝自分じゃない〟と言い張る。夜中にトイレに行ったのはあんただけだろ…。
 トイレに行きすぎて痔になる。これも彼女の持病であった。

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