見出し画像

クローン・ファミリー(10代 女の子版)


   1

 西暦3338年、1月。わたしに《カゾク》ができた。
 ご存知の通り、この現代の人間は、機械から生まれてくる。爆発的な人口の増加を防ぐため各国の政府がコンピューター制御のもと、人口受精で管理しているのだ。よって、わたしたちに《カゾク》という概念はない。人は一人でうまれ、一人で死んでいく。わたしもつい最近までは、それが当たり前だと思っていた。
 わたしの名前は、キャサリン・下柳。55歳。細胞の成長を遅らせることで平均寿命が200歳以上になった現代社会では、まだまだ子ども扱いされている。

 わたしが、《カゾク》という言葉を知ったのは2年前――。
 火星はある出来事で大騒ぎをしていた。1000年前の凶悪なウイルスの感染で死の星となった地球に、初めて探査ロケットが向かったのだ。ようやくウイルスの影響がゼロとなり、人類にとって待ちに待った瞬間がやってきた。地球がわたしたち人類の故郷だったというのは、誰もが小学校一年生の社会の授業で脳のチップにインプットされる。
 青い星だった、地球。
 今、人類が暮らしている火星の赤さになれてしまっているわたしは、青い星といわれてもいまいちピンとこなかった。もちろん、現在の地球には海も空もない。ウイルス感染の後、長い氷河期が訪れ、地表の三分の二が氷で覆われているのだ。だからといって、海も空も図書館のVR図鑑でしか体感したことのないわたしは、この二つが地球から消えたところで何のショックも受けなかった。
 地球に向かった探査ロケットは、数々の化石を採取して戻ってきた。そこに人類を揺るがす大発見があった。氷の奥深くから発掘された円盤形の化石。解析してみると、その中には、映像が保存されていることがわかった。厚さ0・6ミリ、直径12センチのポリカーボネート製の円板を二枚張り合わせただけの恐ろしく原始的な代物だった。大昔の地球では「DVD」と呼ばれていたらしい。

   2

 そのDVDの表面には、これまた恐ろしく原始的な油の性質の液体で「今日子結婚式」と記入されていた。
 1000年以上前の人類の風習が記録されているの!
 そもそも、「結婚式」って何?
 この世紀の発見に火星中の人類が色めきたった。わたしもネットメガネに送られたニュースで、「結婚式」の映像を見た。
 「ケーキ、ニュウトウ」という指揮官の号令のもと、白く巨大な謎の生物体に二人の兵士がサーベルを突き立てた!
 レーザーサーベルをどうして使わないの!
 レーザーに対して、ものすごく抵抗力が強い生物なのかしら?
 しかも、当時の人間たちは、その生命体を切り刻み、後で食べるという。食料も慢性的に不足していたと伺える。「カンパイ!」という号令のためだけに、一人の兵士が呼ばれた。複雑な階級制度が垣間見える。「カンパイ!」その兵士が手を上げると、人々がこぞって液状の興奮剤を体内に流し込んだ。黄色く泡立ち、劇薬にも見える液体を何の躊躇もなしにだ。次に、数々の円盤に乗った生物の残骸が運ばれてきた。それを人々は小さなサーベルと小さな三叉の武器を使って残骸を切り刻み、嬉しそうに口に運ぶ。栄養を補給するには残虐な行為だ。固形宇宙食しか口にしたことのないわたしにとって、それは異様な光景だった。現代の火星では48時間に一度、キューブ型の宇宙食を補給すれば十分だ。
 そして、この結婚式の映像で、もっとも不可思議だったのは、「父」、「母」と呼ばれる人物たちの存在だ。「両親への手紙」と題された声明文を読み上げるシンプ兵士。
 すると、どうだ。
 「父」「母」と呼ばれた人物たちの眼球から水分があふれ出たではないか。「父」「母」だけではない。コロニーの住民のほとんどが、眼球から水分を放出している。

   3

 ご存知の通り、火星に水分はない。そのため、人類は生きていくために必要な水分をアステロイドベルトの小惑星をテラフォーミングして、ラグランジュポイントでDT反応を起こし、大切に大切に循環式汚物処理をして生み出しているのだ。その貴重な水分を自ら捨てるとは……さすが青い星、地球だ。
 この「結婚式」の映像が全人類に発信され、火星ではさまざまな議論が展開された。
 科学者たちは、このとき人間たちが眼球から水分を流した現象を、「結婚式」の間、さかんにでてきた「カゾク」という言葉がキーワードだと発表した。
 「カゾク」という言葉が、人々の感情の何かを動かし、無謀ともいえる水分の放出につながったのではないかと。
 信じられないことに、1000年前の人類は群れをなして暮らしていたのである。
 現在の火星では、他の人間とのコミュニケーションを禁止されている。コミュニケーションが新たなウイルス感染を生み、その感染はいとも簡単に人類を滅亡させてしまう。現在の人口は、
1000前とは比べ物にならないくらい減少している。
 コロニーで人とすれ違うが、三メートル以上の距離を取らなければ法律違反となるし、言葉を交わしたことはない。生活の全てがアンドロイドのサポートで成り立っているのだ。必要なものを買い揃えるための店も、公共施設も、話し相手も、友人も、すべてアンドロイドがやっているのだ。当然、人と同じくらい、いや、それよりも多い数のアンドロイドが火星中に溢れかえっている。
 
 「カゾク」。この言葉は瞬く間に火星の流行語となった。
 マスコミはこぞって「カゾク」を取り上げ、一大「カゾク」ブームが巻き起こった。
 中でも一番のヒット商品は「クローン・ファミリー」だ。自分の細胞をベースに「父」「母」「兄弟」「を作り上げ、カゾク疑似体験ができるキットである。

   4

 わたしもそのキットが欲しくなり、親友の関西人型アンドロイド「WZタムラ3」と近所の「ドンキホーテXP」まで買いに行った。
「うわー。めっちゃ並んでるやん。噂どおりすっごい人気やなクローン・ファミリーは。どうする、しもやん? 並ぶ? 今度にする?」
 ちなみに、「WZタムラ3」は最新型のアンドロイドのくせに関西弁のイントネーションは微妙だ。
 わたしはタムラから、しもやんとあだ名で呼ばれていた。
「なあ、しもやん。アンドロイドの俺なんかに言われたくはないとは思うけど、親友として言わしてもらうわ。クローン・ファミリーか何か知らんけど、どーかと思うで。そもそもカゾクって何やねん? いまいち誰もわかってないんちゃうの? 値段もそこそこするしや。あれやろ? しもやんの細胞を培養液に浸して、父の素と母の素を振りかけるんやろ? で、しもやんに似てるけど似てない人間が作り出されるって、いったいそれの何がおもろいねん?」
 確かにタムラの言うとおりだ。自分でも何が楽しいのかは全く分からない。
 ただ、「カゾク」が欲しい。そう思ってしまったのだ。「結婚式」の映像で見たシンプ兵士の「父」と「母」に、アンドロイドでは得られない何かがあると感じたのだ。タムラには言えないけど。これだけカゾクがブームになるということは、わたしだけでなく、火星中の人間がそう思ったのだろう。
「で、どれ買うの? へーえ、色々、種類があるねんな。ガンコ親父の素、教育ママの素に引きこもりの兄の素、……お、これなんかいいんちゃう? 賢いお姉ちゃんの素があるで」
 正直、わたしもそれがいいと思った。
「これもいいやん。愛犬の素。じゃあ、優しい父の素と穏やかな母の素と賢いお姉ちゃんの素。ほんで愛犬の素の四つで、八億八千万円。思ったより安くついたな」
 クローン・ファミリーのキットを買い揃えたわたしは、高鳴る気持ちに胸を躍らせて帰宅した。

   5

 わたしは緊張しながら、キットの箱を開けた。
 培養液に、自分の髪の毛を入れる。その培養液に、付属の粉を四袋入れる。たった、これだけ。まさにお手軽だ。
 三分後、わたしの前にカゾクが現れた。
「キャサリン。今日は、仕事は休みなのかい?」
 これが、父。なるほど、声や表情が必要以上に優しげであるが、思ったよりおじいちゃんだ。
「キャサリン。ちゃんとゴハン食べてるの? なんだか、やつれてるわよ?」
 これが、母。穏やかというよりは、どこか壊れているぐらい明るすぎる。
「……姉、ウザいんだけど。今勉強してるから話しかけないでよね」
 姉は、やたらとテンションが低い。早くも嫌われたようだ。設定どおり賢そうではあるが、かなり愛想が悪い。
 犬は柴犬でとても可愛いかったが、できた瞬間、どこかへと走り去ってしまった。
 こうして、カゾクとわたしの奇妙な共同生活が始まった。

   6

 春。わたしとカゾクはピクニックに行くことにした。
 火星の春は、砂嵐が多いが、ポカポカとした陽気で気持ちがいい。
 わたしたちはドーム式のゴザを敷き、砂漠の真ん中でピクニックをした。
 カゾクと初めてのレジャーということで、わたしは少し緊張していた。
 わたしはリュックからカゾクの取扱説明書を出して読んだ。
《レジャーで、カゾクと会話する際の注意》
 ふむふむ。
《そんなに楽しくなくても、テンションはあげましょう。決して、早く家に帰りたいと態度に出さないこと》
 ……難しい。そもそも、カゾクとのレジャーが何のために必要なのかさえわからない。
「いやあ、たまにはこうしてカゾクで出かけるのも悪くないな」
 父は張り切っている。
「どれどれ? 母さんは、どんな宇宙弁当を作ってきたのかなー。おー。緑やら黄色やら紫色だねー。色とりどりだねー。やっぱり、お母さんの作る宇宙弁当が一番だよ」
「やだわ。お父さんったら」
 母は褒められているのに、デレデレと照れ出した。嬉しいのか嬉しくないのかハッキリしないキャラだ。
「また、この紫のがうまいんだよなー。んー。パリパリして。んー。ほら、キャサリンも紫のを食べなさい。ボーとしてるとお父さんが全部食べちゃうぞ」
「もうー。お父さんったら」
 何だろう、この気持ちは。非常に胸の辺りがムカムカする。これがカゾクのスキンシップってヤツなのか。
 姉は一人でボーとしている。
 わたしは思い切って姉に話しかけることにした。
「姉、何やってんの?」
「……ネットメガネで調べ物してるんだけど」
 姉は、こっちの顔を見ようともしない。
 わたしはめげずに続ける。
「最近……どう?」
「何が?」
「ほら、新しくカゾクになって……楽しい?」
「うるさい。集中できないじゃん」
 姉が軽蔑するような目でわたしを見る。
 何だろう、この気持ちは。クローン相手にイラついている。それとも、似ているからこそイラつくのか?
 わたしはカゾク取扱説明書の「姉」のページをめくった。
《姉としての心構え かなり高い確率で疎まれたり嫌われたりするでしょう。対策としては意味もなく話しかけないことです》
 ……手遅れである。
 落ち込むわたしに、父が優しい声で話しかけてきた。
「ほら、キャサリン。説明書ばかり読んでないで食べなさい。紫の物体を。お母さんの愛情がたっぷりと詰まってるぞ」
「そんなことないわよ、お父さん」
 また、母が顔を赤らめて、喜んだ。
 愛情を詰める。初めて聞く表現である。
 
  7

 夏。
 わたしとカゾクは、海に行くことにした。
 火星の夏は雲に覆われ憂鬱な気分になる。
 その憂鬱さを解消しようと、人々は宇宙遊泳を楽しむのだ。
 宇宙遊泳ができるスペースは、「エリア海」と呼ばれている。BGMに波の音をかけ、思う存分泳ぐことができる。
 わたしとカゾクは海の中でも人気スポットの「白浜44」に出かけた。
 わたしは水着代わりの宇宙服を着て、思う存分宇宙遊泳を楽しんだ。
 人が多い……。
 シーズン真っ盛りで、混雑しているが、みんな律儀に三メートル以上のスペースを開けている。
 しばらく経って、わたしはふと宇宙空間を見渡した。
 あれ? わたしのカゾクはどこ?
 いない。父も母も姉も見当たらない。
 わたしは、人並みをかき分け、必死で宇宙遊泳をしながらカゾクを探した。
 迷子になってしまった。いや、わたしのカゾクが迷子になったと言うべきか。わたしは未だかつてない不安感と孤独感に襲われた。
 わたしは、泳ぎながら宇宙空間の闇に向かって叫んだ。
 おーい! カゾクー! わたしのカゾクはどこ! カゾクー!
 結局、見つからなかった。
 家に帰るとカゾクは既にもどっていた。
 カゾクもはぐれたわたしを探していたのだ。
 わたしは父と母にこっぴどくしかられ、姉は相変わらず勉強をしていた。
 怒られたというのに、なぜか、嬉しかった。他人の自尊心を傷つける行為は、たとえアンドロイで相手であっても火星では厳しく罰せられる。
 母が、冷たい料理を作ってくれた。
 赤や黄色や紫や、相変わらず得体の知れない食べ物だったが、美味しかった。
 なぜか、鼻の奥がツンと痛くなった。


   8

 秋。
 姉が家出をした。
 火星の秋は四六時中、雷が鳴りやまない。
 遠雷が鳴り響く中、わたしは父と姉を探しに出かけた。
 火星の無法地帯、《原宿タウン》で姉を見かけたとの情報が入った。《原宿タウン》は、凶悪なスカウト型アンドロイドが獲物をキャッチしようと、いたるところに徘徊している。
 わたしと父は、大慌てでタクシーに飛び乗り環七ハイウェイでワープした。
 みつけた!
 姉は、繁華スペースのど真ん中で、スカウト型アンドロイドに囲まれていた。
「こんな危険なエリアで何やってんのよ!」
 わたしは姉の腕を掴み、強引に連れ戻そうとした。
 しかし、姉が激しく抵抗してわたしを振り払う。
「離せよ! 離せって! 私はアイドルになって銀河の人気者になるんだよ!」
「アイドル? そんな夢持ってたの?」
「もう勉強は嫌なんだよ! どれだけ頑張っても一番になれないんだよ!」
「そんなことないよ! 姉は、賢いよ! 凄いよ!」
「うるせえな! 帰れよ!」
「どきなさい、キャサリン」
 父がわたしを押しのけ、姉に平手打ちをした。
「このバカ娘が! どれだけカゾクを心配させれば気が済むんだ! 帰るぞ」
 帰りのタクシーの中、わたしたちは無言だった。姉は頬を押さえて、窓の外の宇宙空間を眺めている。
 この気まずい空気をどうすればいいものかと、わたしは取扱説明書を開いた。どこにも対応策が載っていない。この時、わたしはカゾクにマニュアルは必要ないことがわかった。
 タクシーの窓を開け、わたしは宇宙空間に取扱説明書を捨てた。


   9

 そして、冬。
 わたしとカゾクは初めて鍋をした。
 大晦日。紅白宇宙歌戦争を見ながら鍋をつついたのだ。
 わたしと父は白連邦軍を応援し、母と姉は赤帝国軍を応援した。
「ほら、いい感じで紫のが煮えてるぞ。オレンジのばっかり食べないで、紫のも食べなさい。ほら、ほら」
 父は、鍋の前でホクホクして無理やりわたしにたべさせようとする。
「自分のペースで食べるから」
「いいから食べなさい。ほら、ほら」
 どうやら、アルコールが含まれるキューブでいい気分になっているようだ。
「紅白が終わったら、みんなで初詣行きましょうね。大マゼラン星雲まで」
 母は鍋に材料を入れながらウキウキしている。
「えー。大マゼラン星雲、人いっぱいだよー。近くの星雲にしようよ」
 姉は、相変わらず、無愛想である。
「姉、初詣に行ったら神様に何てお願いする?」
 姉が照れくさそうに答える。
「……みんなが毎日ニコニコして暮らせるようにかな」
「そうだね」
 わたしはこの姉が大好きだ。
 紅白宇宙歌戦争が終わり、除夜のビームの音が響いていた。
 時間がゆっくりとゆっくりと流れていく。
 なんだろう、この気持ちは。
 胸の奥に小さな火がともったような感覚だ。
 カゾクと暮らしていると疲れることも多いが、たまにこの感覚がわたしの何かを刺激する。その何かの正体を上手く説明することができないのだけど、それはそれでいいような気がした。
 わたしとカゾクが分かっていればそれで十分だ。


   10

 西暦3339年、1月。一年経ったので、わたしはカゾクを捨てることにした。
「クローン・ファミリー」の消費期限が一年しかないのだ。
 一年経つとカゾクは動かなくなり、もうカゾクではなくなる。
 火星は、大量に発生するカゾクゴミに悩み、いらなくなったカゾクをブラック・ホールに捨てることを義務付けた。
 わたしは、カゾクを廃棄カプセルの中に入れ、タムラと一緒にカゾクを捨てに行った。
 カゾクは宇宙空間を流れ、ブラック・ホールにゆっくりと吸い込まれて、消えた。
 隣にいたタムラがわたしの顔を見て言った。
「もったいないなー。眼球から水分が放出されてるで」
 そうなのである。わたしの両眼からは、あのときの「結婚式」の映像で観た人々と同じく、水分がとめどなく溢れていた。
 なぜか、自分でそれを止めることはできなかった。

 次の日、タムラがまた新しい「クローン・ファミリー」を買いに行くかと誘ってきたが、
断った。
 わたしのカゾクは一つで十分だ。
 その後、カゾクブームも終わりを迎え、人々は一人で生きていく日々に戻っていった。今は、誰もカゾクの話なんてしない。
 ただ、少しだけわたしたちの中で何かが変わったような気がする。
 今までと同じくコミュニケーションは禁止されているが、人と人とがすれ違うとき、笑顔で会釈するようになったのだ。
 残りの長すぎる人生も、これで少しは暮らしやすくなるだろう。

(終)

いいなと思ったら応援しよう!

木下半太
サポートよろしくお願いします! サポートはエンタメを盛り上げていくのに使います! 映画や舞台の制作費にあてます(^^)