バーニャに行った(ウラジオ日記12)

また路面電車に乗って、今度は市場を通り過ぎる。ぼくのホステルがあるのとは対岸にあるエリアに入る。ふらふらと歩いていると、自然とマリインスキー劇場に辿り着いた。国立のバレエ・オペラ劇場。名高いロシアンバレエを見てみたい。入ってみると、明日は「白鳥の湖」をやるらしい。聞いてみると、チケットはもう売り切れていてないと言う。平日だと言うのに。バレエ人気の高さを伺える。でも何かは見たいと思い、今日行われるオペラを見ることにした。

上演までは時間がある。事前に調べていた、バーニャが確かこの近くにあったはずだ。バーニャとはロシア式サウナのことだ。

探してみるが、中々見つからない。住所が間違っているのか。そのブログには「わかりにくい」と書いてあったから、まだ諦めはつかない。地図を確かめる。今朝、キオスクで買った地図は観光案内書でもらった地図よりはるかに見やすくて、それで探すと道を反対に進んでいたみたいだ。

戻ってみると、商店がいくつか並んでいる。住所も多分このあたりだ。キョロキョロしていると、「何を探してる?」と聞かれたので、「バーニャ」と言うと、「バーニャはそこだ。」と指を差される。ちょっと奥まったところに、あやしい扉があって、どうやらそこのようだ。

ロシアの建物は入り口がやや奥まっていて、中がどうなっているのかわからないようなものが多い。だから扉は開けてみるしかない。

入ると、そこにはタオルを腰に巻いた男が座ってお茶を飲んでいる。バーニャだ。受付のシステムがわかりづらく、迷っていると英語を喋れるロシア人が教えてくれる。「何か困ったことがあったら俺に聞け」と言う。感謝すると暖簾を潜る。(正確には暖簾ではないけれど、日本の銭湯みたく布がかかっている。)混浴の場所もあるらしいが、ここは男女別らしい。少し残念。

日本の古い銭湯みたく、荷物は棚に置くだけで、ロッカーはない。少し不安になりつつも、荷物を置いて裸になる。日本の銭湯以外でもこういう裸の付き合いができるところってあるんだな、とうれしく思う。中に入ってみると、湿った空気の広い洗い場は天井が高く、ところどころに葉っぱの束が浸かった桶が並んでいる。それらはひとりひとりが持ち込んだものらしく、その葉っぱの束をバーニャの中で体に打ち付けるのだ。ちょっと興味があったが、とりあえずそのまま。水を浴びて体を軽く洗うとバーニャ小屋の扉を開ける。思ったより暑くない。しばらくすると、さっき色々教えてくれた男が入ってくる。僕のほうに来て、足元を指さす。「サンダルがいる。」たしかによく見ると、みんなサンダルを履いて入ってきているようだ。でもみんな小屋の中では脱ぎ捨てていて気づかなかった。謝ると、一度脱衣所に戻る。タオルを腰に巻いて受付の方に行くと、サンダルが入ったカゴがある。そこにあった最後の一足を取ると、バーニャへと戻る。男が親指を上に上げて、笑う。

バーニャの壁にはひとつバルブがある。赤いバルブ。木造りの茶色い壁に一点の赤いバルブ。なんだろうと思っていると、一人の男が徐に立ち上がり、バルブをひねる。すると暑い蒸気が部屋に充満する。温度が下がってきたら、あれをひねればいいらしい。それから男は立ち上がったまま、葉っぱを体に打ち付ける。

バシっ。バシっ。バシっ。バシっ。

小屋の中に葉っぱを打つ音が響きわたる。勢いに散らばった葉っぱが床の上に散らばる。

日本のサウナでパシパシと体を叩く親父をたまに見かける。汗に覆われた肌をパシパシと叩くビールっ腹の親父。彼らは本当はこんな風に激しく体を打ちたいのかもしれない。

一度小屋を出る。白く太い縄が上から壁に沿ってのびていて、引いてみると桶に溜まった冷たい水が頭の上に降り注ぐ。とても気持ちいい。水風呂のようなものはない。タオルで体を軽く拭くと、脱衣所で寝転がる。裸で寝転がれるベッドがある。しばらくしてまた戻る。座っていると、小屋の中が混んでくる。右隣の男が座ったまま葉っぱでたたき出す。それから左隣の男がたたき出す。

バシっ。バシっ。バシっ。バシっ。

葉っぱを打つと、空気が動く。湿った暑い空気が体に当たる。右からも左からも、向こうの親父がバーニャに珍しいであろうアジア人を見つめているから、右からも左からも熱い空気が来るよとジェスチャーすると、うれしそうに笑っている。


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カナタナタ
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