赤い月と緑の月(ウラジオ日記4)
ルレンド夫人と握手して別れる。あの大きく冷たい手の感触がずっと残っている。それから僕は正しくコンコースへと向かう。
コンコースに着いてからもまだ少し時間があったので、フードコートで冷麺を食べた。日本でおいしいと思ったことは一度もなかったのだけれど、本場の黒っぽい冷麺はとてもおいしかった。満足してゲートへと向かう。搭乗券を切り、飛行機の中へ、足はどんどんとロシアに向かう。飛行機が加速する。
僕はあっけなく空港から海を越える。
エアソウルと違い、座席にモニターは付いていない。(そのモニターはあるだけで動かせなかったけれど。)またいつものように飛行機の案内を読んだ。法律が書かれている。飛行機の中で騒いだりいやらしいことをしてはいけない。なんかの映画でトイレでSEXする男女を見たけれど、あれって犯罪だったのかと思った。fine 罰金。罰金制度というのは刑罰として有効なのだろうか。被害の修復の為に必要なお金があってそれを科すというならわかる。ただ加害者に負担を与える為に罰金があるというのは危険な気がする。それはただ国の収入になるだけだからだ。一方で懲役は国にとってコストがかかる。最低限度の生活を一人ひとりに提供することは大変なコストだろう。(それが十分に実行されているかどうかはまた別の話だけれど)
国にとって犯罪が収入になるかコストになるか。それが収入として機能するなら国が犯罪をなくそうと本気で思うだろうか。コストがかかるからこそ「なくそう」という方向に力が働くのではないか。その点において死刑制度にも反対できる、それはコストカットとして機能してしまうからだ。
旅先というのは考え事をしてしまう。窓の外を見るとさっき見た街の明かりがさらに向こうへと引き下がっている。それが見渡せるくらいに晴れている。まっすぐに延びた道の明かりがいくつか交差して星の模様みたいに見える。五本の線で書かれた簡単な星の形。
夜、上を見上げると星がある。その上空から下を見ても、そこにはやはり星がきらきらと光っている。
着陸のゆれで目が覚める。外は真っ暗だ。何も見えない。空港ってもう少し明るい気がする。機体が右に曲がると月が見えた。赤く大きな三日月。理由もなくロシアに似合うと思った。
インドに行ったとき、飛行機から見た月が忘れられない。その月は緑色をしていた。
何でも忘れてしまう自分でも忘れられないことっていうのはあるんだな。ぼくはすぐに忘れてしまう。だからこうやって文章にして残そうと思って書き始めた。この日記に限らず、誰かが生きた時間というのが、小さくていいどこかに残っているというのは素敵なことだ。
ロシア!ロシア!ロシア!
僕は浮き足立つ。まだ真っ暗で何も見えない深夜、僕はロシアに降り立った。