シベリア鉄道の車窓(ウラジオ日記35)
異国で電車が来ないのは本当に焦る。いや、あてがなければ気にしないのだが、飛行機の時間があるから焦っていた。乗るはずの電車は時刻表に載っていないし、誰も英語は喋れないから遅れてるかすらわからない。駅員に聞いても大丈夫と言うだけ。遅れてると言ってくれるだけで安心するのにそれさえ教えてくれない。駅の売店でビールを買って飲む。また気になって駅を歩いていたら、警備員に呼び止められてビールを捨てさせられる。駅で買ったのに?と訝しげな顔で警備員を見つめる。よく見たら売店の中にカウンターがある。あそこで飲まなきゃいけないらしい。あんまりおいしくなかったから、そんなに気にならなかったけれど。
ホームでタバコを吸って、また駅に戻る。いちいち一周しなければいけないからめんどくさい。荷物検査を受けなきゃいけないからだ。韓国から持っていたショップバッグはもうボロボロで片手で持ったら、破れた隙間から物が落ちていく。両手で抱えて電車を待つ。アナウンスが流れる。ロシア語だからわからない。誰も立ち上がらない。ホームに出てみると電車が来るようでもない。おばさん達の井戸端会議がホームの端で開かれていて、みんなタバコを吸っている。暇だからもう一本タバコを吸う。また一周して荷物検査を通る。
一時間くらい経ったろうか、アナウンスがまた流れる。みんな立ち上がる。お、来たのか。ウラジオストク行き以外の電車も来るからまだわからない。ホームで綺麗な女性に尋ねる。「to Vladivostok?」「Да Владивосток.」と笑顔で答えてくれる。めっちゃかわいかった。満足。電車がホームに入ると、降りてきた乗客がホームでタバコをしばいている。
乗り込むと椅子が木でできていて、行きの車両より趣がある。さっきと反対側の窓辺に座ると、出発を待つ。エレクトリーチカが進みだす。ウスリースクを背にして右側の車窓は段々と広大な景色を広げていく。ずっと何もない草原、何キロも先まで続く草原に一本だけ線路が走っていて、それは圧倒的な景色だ。空から一度見てみたい。広い草原に鉄道だけが走っているのを。
建物がひとつもない。人も一人もいない。みな町に集まる。町には人がいる。建物が並んでいる。これだけ広大な土地があっても、みな小さく身を寄せ合って生活している。身を寄せたから町ができる。
貨物車とすれ違う。長い。とにかく長い。いつまでもすれ違っている。平気で100両近くの車両を連ねて貨物車がすれ違っていく。まだ海は見えないが、車窓から見える夕日が赤く美しい。なんであんなに赤いのだろう。日本と何が違うのだろう。緯度や経度で夕日の色も変わるのか?気温や湿度で変わるのか?空の色も場所によって全然違うと聞いたことがある。アフリカの空は黒っぽいくらいに青いらしい。誰か理由を教えて欲しい。先生。
目の前に座ってるサングラスをかけている少年は、イヤホンから盛大にHIP HOPを音漏れさせている。夜が近づいてくる。夕日が沈む間際、海が見えた。なんて幻想的なのだろう。一時間遅れたおかげで見えた夕日がシベリア鉄道の車窓を美しく決定づけた。これがシベリア鉄道の車窓。冬のロシアを見たくなる。広がる雪原や、凍った海をその景色に想像する。夕日が沈み夜が来る。