サーカスピエロ(ウラジオ日記23)

ピエロのパフォーマンスは幕間をつなぐように何度も行われる。(クラウンという方が正しいのか。)それらの言葉を使わないコメディはとても面白い。無声映画のコメディはこういうところから生まれたんだなあと思う。チャップリンは偉大なピエロだ。

何度目かのピエロの登場、安心して見ているとピエロに呼ばれる。舞台に上げられる。ほかにも二人。ピエロは指揮棒を持っていて、どうやらオーケストラが結成されたらしい。まずは一人目、男は鈴を頭につけられ、内股にシンバルをつけられる。指揮に合わせて頭を振り、股をひらいたりとじたり、ひらいたりとじたりして音を鳴らす。めちゃくちゃウケている。俺は三人目。ロシアに三段落ちの概念はないのか。くすぐりにしてはウケすぎている。日本的には一番ウケなきゃいけないポジションだけど、大丈夫か?と不安になる。
二人目、マイクの前に立っている。ピエロが口を大きく開けろと言う。男が大きく口を開けると、会場中に美しいオペラの歌声が響き渡る。先ほどではないが、まあまあウケている。
そしていよいよ俺の番。シンバルの横に立っている。ピエロに棒を渡される。叩けという。叩く。大した音は鳴らない。ピエロはぼくの腕の筋肉を確かめると、なんてちいさいんだと首を振り、舞台の上で腕立て伏せをさせられる。10回くらいか。それでまた叩けという。さっきより強めに叩いたけれどさっきと同じ音。ピエロは満足気に去っていく。

俺の弱っ。

せめて音つけてくれれば、さっきよりいい音が出てウケたかもしれないけど、同じ音がするんだから笑える筈もない。振り返れば、腕立て伏せをもっと辛そうにすればもうちょっと面白くなったかもしれない。力こぶをもっと自身あり気に見せていたらシンバルの音のしょぼさでウケたかもしれない。でもそれって俺の負担大きすぎないか。俺がピエロにならないとウケないということだ。案の定ややウケ。

終わりかと思ったら、もう一周。今度は腰に鈴をつけ振らされている。大ウケ。二人目はまたマイクの前で大きく口をひらく、すると今度は汚いゲップの音が響き渡る。中ウケ。それから俺の番。また叩かせられ、首をふられ、腕立て伏せをさせられる。さっきと同じパターン。それからダメだというように、大きなハンマーを持たされる。それでシンバルを叩くと、シンバルが倒れてしまう。ちょっとウケる。でも倒れちゃうからダメだとまたさっきの棒をすぐに渡される。やだ、つまんない音しか鳴らない棒。武器を奪われた気分。武器といってもややウケだけど。

最後合奏して終わり。ひとりめの男はまだウケている。ぼくの頭の中はどうすればウケたのかということでいっぱいだ。その後の華麗なサーカスのパフォーマンスも見ちゃいられない。
一周目で強く叩いたとき、シンバルが倒れかけた。だから足で軽く抑えた。もしかして倒れてしまって笑いというパターンだったのかと不安になった。それから二周目でハンマーで倒れたとき、ちょっと安心した。でもあの足の動きがもし目立っていたら、ウケないだろうな。大体そんな不安定な設計にしないでよ。舞台に立ってピエロの指示通りに動いたらウケる、っていうシステムなんじゃないの?俺以外だったらもっとウケたの?くやしい。人選は多分間違っていない。がたいのいいロシア人男性と、弱そうなアジア人。配役としては正しい。でも順番がおかしい。俺が一人目か二人目ならまだよかった。でもそれは日本的な笑いなのだろう。はじめのほうに大笑いを持ってくるのが、欧米スタイルなのか。落語と真逆。どう考えても俺のポジションはくすぐり。俺だけすること多いし。振るだけ、口を開くだけでウケるシステムが俺にも欲しい。どう考えても右肩下がり。一人目、二人目、三人目とウケが少なくなっていく。俺の責任?台本の問題?ピエロの問題?俺にまで音をつけたら、二人目と被るから、ピエロが耳を塞ぐとか、叩くとよろけるとか、やり方はあると思うのだけれど。っていうか一人目とシンバル被ってるし。舞台に上がったらピエロだから、もっとピエロになりきらなければいけなかったのかもしれない。もっとお道化て、もっと辛そうにしなければいけなかったのかもしれない。シンバルじゃないところ叩いてしまったりピエロを叩いたりすればよかったのかもしれない。俺が相応にウケるためには負担が大きい。舞台上の三人には見えない連帯があって、自分の時にウケなかったら困るから、ほかの人のときは笑う。だから俺のときも二人は笑っていて、ちょっと助かる。外国のコメディで心底笑ったことがない。いいなあと和やかに見ながらも腹の底から笑えないのはなんだろうなと思っていたけれど、根本的に笑いのシステムが違うからかもしれない。

最後球体の鉄檻の中をバイクが上下左右に走り回ってサーカスは終了。全員が登場して礼をすると客席の子ども達が舞台に入り、走り回る。おかあさんといっしょ状態。しばらく遊ばせると、子どもたちをよけてさっきのバイクが登場。子どもをバイクに乗せて舞台を走ってくれる。ちょっと太った男の子のワクワクした顔が忘れられない。

サーカスの帰り道もずっと考えている。正解は何だったのだろう。ピエロに連れてかれた舞台の上、もっと笑われたかったと悔やんでいる。

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カナタナタ
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