天気を知っている本棚(ウラジオ日記20)
公園に本棚がある。ベンチの横にぽつんと本棚がひとつ。本棚の中には古い本が並んでいる。本棚の裏には木々の緑が、上を見ると空の青がある。雨の日もこのままなのだろうか。外に本棚があるという違和感が目を引き、しばらくそこで本棚を眺めていた。日本で言うと、図書館とかにリサイクル本の本棚があったりする。あれが外にぽつんと置かれている。冬のロシア、雪の日に公園にひとつ本棚が佇んでいたら、それはとても美しいと思う。
子どもの声が聞こえる。アスレチックで遊んでいる。本棚には見向きもしない。子どもたちの足下から舞った砂埃が風に運ばれて本棚に当たる。
その近くに海鮮料理のお店があったので入った。パシフィックロシアフードというのが流行っているらしく、それを代表するお店のひとつらしい。先住民族の味、中央アジアからの移民の味、日本を含む近隣アジアの味を取り込み、独自に発展した港町ウラジオストクの食文化である。
店内にはアンビエントが流れている。クラブミュージックに疲れた耳に心地いい。壁には絵が飾られている。ただ海と砂浜だけを描いた絵。パラソルも、植物も、人も、鳥もいない。ただ砂浜と海。それがまた音楽を引き立てる。と思っていたら歌ものに変わる。それもやわらかく、やさしいカフェミュージック。
メニューを開くと、生牡蠣がある。ロシアンスタイル、フレンチスタイル、イタリアンスタイル、アメリカンスタイル、色々なスタイルから食べ方を選べる。レモンだけのシンプルなものから、タバスコ、ワインビネガー、柑橘のソース、マンゴー、さまざまな食べ方がある。ポン酢はなかった。こんなに色々な国で食べられているのだなと思った。刺身は食べられていないのに、何故カキだけ生食が広まっているのだろう。お腹を壊す危険性は、刺身より高いと思うのに。
調べてみたら、パリまで生きたまま運べた魚介類が牡蠣だけだったからというのが大きな理由らしい。あんまり納得しきれない。海沿いで新鮮なまま食べられる地域でも、刺身は食べないだろうから。それとも、欧米の食文化はすべてパリが基準なのか。
生ガキはとても美味しかった。多分、日本と同じ海で採ってるのだから、そんなに差はない。タバスコで食べたことなかったけど、結構いける。ポン酢とかタバスコとかビネガーとか、どの国でも酢を使うのは消毒のためか。マンゴーとも食べてみたが、甘いフルーツよりお酢の方がおいしい気がする。それから自家製のリンゴジュースも美味しかった。
白身魚の蒸し焼きはやや薄味で、もうちょっとうまみの強い魚だったらおいしいだろうなと思った。一番安い魚にしたから。長ネギと生姜とニンニクで香りがつけられていて、これが日本とかの影響?これがパシフィックロシアフードってやつか?
パシフィックロシアフードってなんだよ、何か引っかかる。めっちゃ的確にツッコみたいけど、何がズレているのかいまいちわからない。多分関係ないけど、小島よしおがオッパッピーはオーシャンパシフィックピースの略って言ってたなあ。
お店を出ると、また本棚を見てしまう。食指の動く本はなかったから、何も取りはしなかったけれど。最近、近くの公園のベンチで寝転がりながら、本を読むのが好きだから、そこに本棚があったならとうらやましく思う。部屋の中での読書もいいが、外の陽気の中読むのも悪くないものだ。
広場にたたずむひとつの本棚に、確かに誰かの家で読まれた痕の残る古本が並んでいるのは不思議な光景だ。どこに隙間を残すでもなく、古本が棚に収まっている。個人的な部屋に置かれていた本が、おおやけの園に置かれている。その違和感はとても心地いいものだ。
今度来るときは、本を置いていきたい。野ざらしの本棚に置く本、偶然誰かが見つける本として何が相応しいだろう。想像するとちょっとわくわくする。