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「ぼくらの旅のピリオド」に臨んで 〜健屋花那さんの「クソデカ感情」に迫る〜

(サムネイルは健屋さんの雑談配信(後掲)より。)


はじめに

2024年8月20日、にじさんじに所属するひとりのライバーさんの卒業が発表されました。

成瀬鳴さん。ゲームスポーツ演技に関することなど多彩な活動を、6年間にわたり続けてきたライバーさんです。彼に対しては同じくにじさんじに所属している多くのライバーさんからメッセージや言及もあり、その中のひとりに、健屋 花那(すこや かな)さんもいました。

健屋さんのやり方とは何か。それが明かされたのは、成瀬さんの卒業に関する発表から2日後のことでした。

【雑談】これが私のやり方だーーーー!!!!!!!【健屋花那/にじさんじ】

(配信日:2024年8月22日)

2024年8月22日、「にじパロ」シリーズ第1弾として、ボイス作品「ぼくらの旅のピリオド」が発売されました。

参加ライバーさんは、周央サンゴさん、健屋花那さん、花畑チャイカさん、ベルモンド・バンデラスさん、そして、成瀬鳴さん。
販売ページにあるストーリーのあらすじは以下の通り。

旅の末、ようやく魔王城に辿り着いた勇者一行。
そこで目にした衝撃の事実とは―――!?

https://shop.nijisanji.jp/dig-k-00006.html (2024年8月25日閲覧)

にじさんじのライバーさんたちが、ファンタジーをテーマとしたパロディを演じるボイスです。販売は2024年9月5日23時59分まで。販売ページには「今後再販される可能性があります」という注意書きはありますが、卒業されるライバーさんがいらっしゃる以上、もう再販はないものとみて購入を検討されるのが良いでしょう。
 このボイスは、それぞれのライバーさんの良さが輝く、素敵な音声作品となっています。たくさん感想を書きたいところですが、私の口から多くを語るよりもまずは、是非とも自分の耳で確かめて頂きたいです。

健屋花那さんと成瀬鳴さんとお芝居

健屋さんは、ずっとで表現をすること、お芝居をすることに対して情熱を注ぎ続けてきました。そのことは、様々な配信や記事などで語られています。そもそも健屋さんがなぜにじさんじに入ったかというのも、一言でいえば「Vtuberとしてお芝居がしたかったから」。上に紹介した配信によると、それはちょうど樋口楓さんのライブが開催されていた頃だといいます。
健屋さんがデビューした2019年という時期は、バーチャルYouTuberの黎明期とまでは言えませんが、それでも沢山の表現形態が模索・試行されてきた時代でした。その中で、樋口楓さんが歌手という活動形態で花を咲かせていた。同様に、お芝居においてもVtuberという活動形態は可能性を帯びているのではないか。そうした考えに基づく志があったようです。
そんな健屋さんにとって同じく演劇に対して直向きに取り組んできたライバーさん、それが成瀬 鳴さんでした。


【#にじさんじこれバズ】バーチャル朗読劇「これがバズったら死んでもいい」 出演:愛園愛美、叶、健屋花那、成瀬鳴【にじさんじ】

(公開日:2023年3月23日)

豪華出演陣が贈る、3Dの表現が最大限に活かされ、「Vtuber」という表現形態の強みが大きく顕れたコメディ劇。脚本は塗田 一帆 氏。塗田氏が世に送り出した『鈴波アミを待っています』は、健屋さんが帯に推薦文を書いています(本作については、私のnoteでも紹介しています)。
 実際のTwitter(現X)ともリンクした劇となっていて、紙で読む本でも、普通の演劇でも再現が難しい、リアルタイムで更新されていくインターネットならではの仕掛けがありました。この企画のハッシュタグ「#にじさんじこれバズ」はTwitterでのトレンド入りも果たしています。

この朗読劇企画には、成瀬さんも参加しています。健屋さんは雑談配信でその理由を語っています。

お芝居に対して情熱を抱く健屋さんだからこそ、自分と同じように努力している人が実を結ぶことを望んだのです。

そして、このたび販売されているボイス作品「ぼくらの旅のピリオド」も、成瀬さんと健屋さんが中心となって進もうとしていた企画だったそうです。最初は、成瀬さんが卒業するから、ということも関係ありませんでした。この最終回感溢れるタイトルも、卒業とは関係なく偶然だったとのこと。健屋さんが卒業について知ってから、相当なスピード感を伴って、健屋さん主導で企画が進んでいったことが雑談で語られています。

ボイスの利益について

 そんな本作ですが、利益という点に関して、健屋さんが強調した点があります。それは、ボイスの売り上げに係る利益は、出演者さんに支払われないということ。

多くのライバーさんが集まってひとつの作品を作るためには、脚本などもろもろの発注、そして作るための場所など、が必要になります。そして、それらを揃えるためには、それなりの費用がかかるわけですが、今回の企画ではいくら必要となるのかは分からなかったといいます。
そこで健屋さんが取った方式は、予め出演料を、他の参加ライバーさんにお支払いすることでした。それも、声優に対するボイスドラマの出演料の相場よりも高い金額で。
それには、「赤字になってしまったら申し訳ない」「いくらかかるか分からないものに対して、割り勘をするわけにはいかない」という、主催者としての責任感がありました。
 だからこそ、健屋さんは「ボイスには興味がないけれど、推しにお金を落としたい」という人に対して購入を勧めることをしなかったのです。
 演劇に対する真摯さ他のライバーさんに対する誠意物事を大きく動かす企画力、そして新しいことを開拓する者としての覚悟がなければ、決してできないことです。
 どこかのニュータイプが言ったように、人というのは変化していくものです。健屋さんも、デビューした直後から今にかけて、色々な人やコンテンツと出会い、別れを繰り返し、それによって活動の形態やプレイするゲームのジャンルなども変化してきたと思います。しかし、お芝居への熱意、そして他者に対する誠実さ。これは、健屋さんの中で強く根を張ったであり、変わらない良さだと感じました。

お芝居の機会を開拓し続ける健屋さん

 Vtuberというのは、表現の可能性が大きく開かれた活動形態ですが、その活動の中でもとりわけ人気が高いのが、「」と「ゲーム」だといえるでしょう。にじさんじでは、歌に関してはRain DropsNornisなどのように音楽に特化したユニットが結成されたり、CDが発売されたり、ライブなどのような大きなイベントが開かれたりと、ダイナミックに展開されていきました。ゲームに関しても、ライバー同士が競い合う大会は数多く開かれており、その度に数万人、場合によっては十数万人を超える視聴者を釘付けにしています。
 しかし、お芝居はどうかというと、たしかに『常闇のクライノート』のようにボイスドラマCDが発売されるなど、ANYCOLORさんがお芝居の機会を作ってきたことは確かに感じられます。しかし、「にじさんじ甲子園」のように、恒例の行事となっているような大きなイベントは目下のところありません。
 健屋さんは間違いなく、今の未開の森に新たな道を切り開こうとする開拓者です。格好いい。本当に格好いい。
 にじさんじには人間だけではなく、悪魔エルフるんちょまもいます。高校生もいれば、お巡りさん、教授ボディガード王族錬金術師など、様々な職業のライバーさんがいます。日本だけではなくて、海外のライバーさんも数多く在籍し、ヘルエスタ王国コーヴァス帝国といった未だわれわれの知らぬ国家、あるいは未来や、地球外から来たライバーさんもいます。
#にじさんじこれバズ」などの場で実践されているように、3Dだからこそ、インターネット上の企画だからこそ表現できることは多くあります。Vtuberによるお芝居の可能性は無限大だと私は確信しています。
 しかし、演劇に関するイベントがもっと広く沢山行われるようになるには、表現ということに関して、社会的にダイナミックに関心を集める必要があるでしょう。
Vtuberの演劇は沢山の人が観てくれる!聴いてくれる!
利潤追求という視点においてそう印象づけられるならば、ANYCOLORさんだけではなく、色々な企業としても「Vtuberのお芝居」というものが選択肢の中に入りやすくなるはずです。前例がなければ、なかなか冒険することはできない。その「前例」にあたる部分として、健屋さんの頑張りが実を結んだらいいな、と思っています。

情熱を胸に闘い続けるということ

 健屋さんは成瀬さんについて「報われて欲しい」と言いました。もちろん私もそう思います。熱いものを心に抱いて闘い続ける人には、成功してほしいものです。だからこそ、私としては、健屋さんもまたその才能と努力が報われるべきだと思っています。
 前に、「このVtuber界ではゲームの上手い人ゲームに直向きな人には活躍の機会が沢山あるけれど、ゲーム以外の才能や努力が評価される機会は少ない」という内容のことを某所で言ったことがあります。それに対して、「でも反証納言の推しである健屋さんには、クイズ番組『にじクイ』のレギュラーとして活躍の場を設けられているではないか」という反論がありました。確かに、「にじさんじクイズ王」の称号を持つ健屋さんには、『にじクイ』という機会が大いに与えられています。しかし、クイズだけではなくて、健屋さんのやりたい活動がもっともっと沢山できるようになってほしい、というのが私の願いです。

健屋さんが生命を吹き込んだキャラクターが登場するアニメが観たい。3D壮大な物語を演じる健屋さんが観たい。色んな世界の健屋さんを感じたい。ファンとしても、その願いは尽きません。
それに、話は少し逸れますが、クイズに関して言えば、『にじクイ』で健屋さんが圧倒的な強さを見せても、「ところが、あの健屋さんより凄い◯◯という人がいる」という言説がいつも見え隠れしている気がしています。他の視聴者さんのお話を聞いていても、どうにも「健屋さんは『部屋の汚い面倒臭い女であって、圧倒的強者とはいえない」という思考的ベクトルがあるように思えてしまうのです(これはあくまで個人的な印象であり、実際にそうかは読者の皆様に委ねます)。ですが、健屋さんは「面倒臭い」という評価で終わる人ではない馬鹿にしている人を見ると、「お前が人差し指を向けている人は、お前が思っているよりもずっと凄い人なんだぞ!」と言ってやりたくなります。おっと私の語気が強くなってきたので一旦落ち着こう……
 健屋さんがどんなにストイックな活動をされていて、どんなに涙ぐましい努力を続け、そのを発揮しているかを知っている身としては、健屋さんはもっとずば抜けた勢いで評価されるべきだと考えています。
 健屋さんは医学という高度で難解な専門分野に深く向き合ってきた人間であり、そのためにライバーになる前から、否、ライバーになった後も、ライバー活動の休止を挟みながらたえず苦学を重ねてきた人です。その傍ら、お芝居に対して人一倍真剣に向き合い、歌唱の活動にも真摯に続けてきました。それゆえに、健屋さんも、それはそれはあからさまなくらいに、その人生が映画化されるくらいに報われるべきだと私は思っています。

おわりに:美しき魂について

より高い力がわたしたちを守ってくださらなければ、どの人間の胸にも恐ろしい怪物が生まれ、のさばりだす可能性があるということをはっきり知っていますので、自分の能力や力量をひけらかすような危険にはけっしておちいらないからです。

ゲーテ作、前田 敬作、今村 孝  訳(2003年)『ゲーテ全集』(潮出版社) p. 370

演劇人を志す主人公の成長を描いた、ドイツの作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる教養小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』「美しき魂の告白」からの一文でした。この『ヴィルヘルム・マイスター』には上の引用文の出典である『修行時代』と、修行時代を経た『遍歴時代』があります。スイスの作家ヨハンナ・シュピリによる『アルプスの少女ハイジ』も、『Heidis Lehr- und Wanderjahre』(ハイジの修行時代と遍歴時代)という原題からも分かるように、『ヴィルヘルム・マイスター』から着想を得ています。(ちなみに『アルプスの少女ハイジ』が大正14年(1925年)に日本語に訳された際に、ハイジの名前は「」として翻訳されました。本も『楓物語』として出版されています。そう、健屋さんがにじさんじに入ろうという時期にライブを開催していた樋口楓さんと同じ名前!つながった!つながった?)
 実るほど頭を垂れる稲穂かな。上の引用文は、決して慢心することなく、得意になって実力をひけらかすこともなくお芝居情熱を燃やし、努力し続ける「美しき魂」を持った健屋さんにぴったりな一文だと思っています。これからも、健屋さんの活動が沢山実を結ぶことを祈っています。
 さて、最後に繰り返しとなりますが、ボイス作品『ぼくらの旅のピリオド』の販売は2024年9月5日までです。購入される際は、忘れないようお気をつけください。
 現代アートの父とも呼ばれるマルセル・デュシャンは「作品を起点として鑑賞者が思考をめぐらし、そして鑑賞者の中で完成される」という言葉を残しています。健屋さんもまた、「観る人がいて初めて作品は完成する」という内容のことをよく話しています。今回ご紹介した雑談配信で、健屋さんが締めくくりに私たちに語ったことを引用しつつ、このnoteを閉じることといたします。

あとはあなた達がこれを聴いてくれたら、この作品は完成です。良かったら作品を完成させに来て頂けたら嬉しいです。

雑談配信での健屋さんの発言より。
https://www.youtube.com/live/OkvH9IQQY44?si=YQIFrNNusj2rCtiz (2024年8月25日閲覧)


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