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プラセボ探偵 光永理香 16

16  伍億円事件別件逮捕事件(真相編)

 随分踏み込んだ事まで喋ってくれるなと思った 「光一の母親が姉の裕美子、栄一の母親は妹の喜美子」このジジイ死に損ないにして鬼畜外道だな 「あなたの本妻は?」意地悪な質問をしてやった「もちろん裕美子だ」もちろん?「じゃあ喜美子さんは何なの? 愛人? 妾?」沈黙が流れた 亀太郎は気分を害したか「そういう時代だったのよ」
頭の血が沸き上がった「あなたはそれで良いかもしれないけど家族の事は考えなかったのか?」「喜美子さんも栄一さんも可哀想じゃない」 また沈黙だ
次の声からトーンが変わった様な気がした「わかった様な口を叩くな 小娘」やっぱりコイツさは女性を見下している 光一が栄一を見下すのは父親の影響だ 大企業のトップだった人間がこんな考えで社員を従えていたのかと思うと悲しくなる 「それでは喜美子さんと栄一さんは合田家でどういう立場だったの?」今回はすぐ答えが返って来た「喜美子は裕美子の妹だ 家の中で何不自由無い生活を与えてやった」何か引っ掛かる答えだ「栄一さんはどう思っていたのかわかる?」亀太郎はこう答えた「自分の父親と一緒に暮らせて良かったんじゃないかな」 違和感の元がわかった このジジイは全く悪気が無いのだ あくまでも自分は正しいと思い込んでいる それによるプラセボ効果が起こっているのだ かなり極端にだ 「あなたは過ちを起こさないの?」「栄一さんが殉死したのも私の父親が巻き添えになって一生を台無しされたのもあなたの中ではひとつの出来事でしかないの?」
「悲しい出来事だよ 当たり前じゃないか」
無性に腹が立ってきた「全てあなたの思い通りに行ったんでしょう」「あなたが栄一さんを殺した さらに私の父親も陥れた 死に追いやった 全てあなたの指示なんでしょう」 呆れたのか家長は笑い出した「光永理香お前の思い込みは激し過ぎるよ」
「何の根拠も無い」「他の人間なら名誉毀損で訴えているところだ」どう言う意味だ?

私は言ってやった
「途中から声の主が変わったでしょう」
「最初の方に代わって下さい」
「私の根拠をお話しします」
「いや、私の思い込みの根拠をご説明します」
「それから栄一さんのお母さんをここへ」
「合田喜美子さん出て来てください」
「あなたは亀太郎さんではないですね」
「私が亀太郎の声を知らないとでも思ってますか」
「あなたは喜美子さんですよね」
「声は合成されている 亀太郎さんとは一度電話で話しした事があります 父のフリをして過去から掛けて来たんです」
「どうして分かったの?」
天井の声は穏やかな元の声に戻っていた
「父親は未来の事を色々私に教えてくれました」
「そう父はその手段はわかりませんが未来が分かるんです 俄かに信じられないと思いますが私は信じています それなら自分で未来の解決方法を知ることが出来るはすです わざわざ家族を巻き込んで『助けてくれ』なんて言う訳がありません それと父は自分の事を『俺』なんて言いません『私』と言います 私もそれをいつの間にか真似してます」

暫くしてドアノブの無いドアが自動で横に開いた
初老の女性が入って来た
その上品な女性は入ってくるなり深々と一礼した
「数々のご無礼をお詫び申し上げます」
後ろから見た事のある顔がシャシャリ出て言った
「奥様は私の筋書きに従って下さっただけです」
秘書課長の駒田だった「駒田はいいのよ」「全て夫と私達親子の為にしてくれたのだから」
私の思い込みのひとつが的中した
「あなたは合田喜美子さんですね 栄一さんの母親だ」「左様でございます 私が合田の家内 合田喜美子で御座います そして栄一の母親です」合田の家内と言う言葉に違和感を感じた 正妻は裕美子さんで後継は光一さんのはずだが
「栄一が亡くなって暫くして圭一さんが訪ねて来ました」「なにやら電話で栄一に撃たれる事を伝えたが助けられなかった」と赦して欲しいと話しました
「私はこの青年と出会わなければ栄一は殺されずにすんだのではないかと恐ろしい事を考えてしまいました」 『また違和感だ』この人はこの期に及んでまだ何か隠していると思い込んだ
「栄一さんは誰に殺されたと思っていますか?」
喜美子さんは自重気味に答えた「ピストルを持った容疑者でしょう」「張込み中に」 次に私はこんな質問を投げかけてみた「父、圭一は何度も栄一さんに張込み中に拳銃で撃たれる事を知らせました しかし何度もやっても栄一さんの結末は変わらなかった何故だと思いますか?」硬い表情で喜美子は黙っていたままだった 私が喋って良いのかなと自問しながら続けた 「栄一さんは自ら撃たれたからですよね」「逆に言えば撃たれる為に容疑者を追い込んだ」「私の思い込みですが警察の中ではこの事は暗黙の秘密になっていたんじゃないですか?」 私ひとりが喋っているが誰も何も反論はないのが私を更に勢い付かせた 「また私の思い込みですが伍億円事件の真犯人は合田栄一ではないですか?」
「その事実を警察も関東電力も抹殺した」 「私の父に罪を擦りつけて」「何故私の父がターゲットになったのですか?」喜美子の重い口がやっと開いた 「本当に本当に申し訳御座いません」
「あの頃の私は現実を逃避してばかりでした」
「栄一がなぜ伍億円を強奪したのか?」
「その答えは夫から聞かされました」
東京に移り住んだ栄一と圭一に何があったのか、私は喜美子の告白を待った
「生活の基盤は栄一の収入です 圭一は学業に専念していました」栄一はこのままの経済状態では圭一を希望の大学に進学させてやれないと考え「父親の亀太郎に圭一の学費を援助して欲しい」と直談判した 土下座までして しかし亀太郎は高笑いして栄一を小馬鹿にした 「そんな何処の馬の骨かわからん子供に出してやる金は無い」「オマエも合田家の人間なら自分のチカラで何とかしろ」「その子がもし何か成し得たなら私に差し出せ、そうしたら少しは金をやろう」と栄一を罵った 

この事は栄一の思想を大きく変えた
警察官としてのプライドも父親代わりの責任感も、栄一の自尊心の崩壊を止める事が出来なかった
「次第に栄一は自分の運命を呪います」
「兄からの侮辱」
「父親からの屈辱」
「合田家への恨み」
「生まれながらの疎ましい血筋」
「自分が何か犯罪を起こせばスキャンダルで全てが明るみにでる」
「合田家を潰してやると考えたのです」

その為には途轍もない事件を犯す必要があった

つづく(16/52毎週日曜日20:00更新)


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