私と政治と「明日から」

 今年私は18歳になった「明日から」18歳になる日、 即ち誕生日の前日、私は待ち望んだ選挙権を獲得できる という喜びと同時にこれまでの様々な経験や記憶を思い起 こしていた。

選挙権は私にとって憧れの権利だった私はアイドルを追い かける感覚で政治家を追いかけ、選挙カーの音を聴くと 飛び出していってしまうレベルの政治・選挙マニアだが選挙 権がないことが悲しかった、ついに選挙権が獲得できる、 そう考えるとワクワクしてたまらなかった。

 4月25日、ついに投票日を迎えた。
 初めての投票は率直に言えば想像よりも大変だった、 今までは各候補の公約を読んであれこれと論評するくら いしかできなかったので気楽だった、
しかし選挙権を得たと いうことは自分の1 票に責任を持たなければならないとい うことだ。投票先を決めるまでに何度も各候補の公約を 見比べた。
選挙権を得て初めて投票に行かない人の気持ち が分かった気がした、投票先に悩んだり考えたりするのは 大変だし、選挙に行っても何かが変わるわけでもない。 そう思うのはごく自然のことだ投票を棄権する人を批 判的にみていた私も投票を棄権する欲望に駆られた。
しかし私は今後も投票に行く、政治は私の夢であり希望 であるからだ今回は何故私が政治に執着するのかについ て書いていく 私が政治に関心を持ちはじめたのは東日本大震災の頃か らだった、最初はなんとなくニュースを追う程度であったし 特定の社会問題に関心を持つこともなかった、いつからか 漠然と政治家になりたいとは思ってはいたが政治家になる ことが目的でありゴールだった。
そんな私の考えが変わる 大きな転機は中学校1 年生の時に入院したことだった。 私は小学校の頃から学校に馴染めているとは言い難い人間 だった、小学校の6年間は様々な困難はあったもののなん とか乗り切ることができた。

しかし問題は中学校であった 不可解なルールや同調圧力だらけの空間は私の心を追い 込んだ、結果的に入学から数ヶ月で登校どころか日常生活 にも著しい支障をきたし入院をした、そこから数年はまる で地獄のような日々だった先は見通せず、 行き場のない怒りを周りにぶつけていた。

 何故自分はこんな思いをしなければならないのか、「普通」 に対する憧れと怒り、虚しさが入り混じっていた、そんな地 獄の日々の中であるプロジェクトに出会った、それは東京大 学と日本財団が主催しているROKETというプロジェクト であったそこでは。
自分の好きなことを追求させてくれた、 さまざまな経験をしていくうちに私の中で「自分と同じように苦しむ人を減らしたい、もっと多様 な生き方が認められる社会にしたい」といった感情、考えが 芽生えはじめた。

 そして「日本を幸せにしたい」という夢ができた。
 私はこの夢を叶えるために政治の力を使いたい。 政治の力は大きい政治の力で人を救うことも、 傷つけることもできる。
 政治家は国民や市民の代表であり人々のために働く、 これがあるべき姿のはずだ、 私はどんなに小さな声でも拾いたい、そして苦しんでいる 人たちを少しでも幸せにしたい。
 マイノリティや社会的に弱い立場にいる人たちの声は政 治に届きにくい、声を上げてもすぐに苦しみや困りごとが 解決されるわけでもない、しかし声を上げなければ苦しみ や困りごとを社会に届けることすらできない、 だから私は声を上げていく。
かつての私は社会を恨んでいた、 誰も苦しみを理解してくれず「普通」や「常識」を押し付 けられた、そんな社会はもう懲り懲りだし同じ思いをする 人を1 人でも減らしたい、そして一人一人が自分の納得 がいく選択をしてほしい、選択肢は多ければ多いほど良い、 私はこう考えている、しかし実際には制度の問題や価値観 など様々な要因で生き方の選択肢は狭いままだ、 私はこの現状を変えていきたい誰もが生きやすい世の中 にするためにそして日本を幸せにするために。
 誰かに任せていても変わらないなら私が変えるしかない。 そのために25歳までに政治団体を立ち上げ、8年後に 行われる地元の市議会選挙に挑戦したいと考えている。 それが目下の目標だと思っている。

 そしていつの日か自分たちの利益ではなく国民の目線に 立って政治ができる人たちが政権を担ってほしい。 この理想に半歩でも近づけるよう私は全力を尽くした いと思う。

私はこれまで茨の道を歩んできた、それはこれか らも変わらないだろう。
私はふとした瞬間に学校に馴染 め、心も健康だったらどんな生活をしているのだろうと考 えることがある色々な思いが頭の中を巡るが最終的に 行き着く答えはいつも同じだ、楽ではあるが今よりもつまらない人生なんだろうと、私は今まで様々な苦難を経験し てきた、普通の人生に馴染めなかった時は悔しかったし不 安だった。だが自分の気持ちに正直に自由に生きていくようになって生きている実感を得ることができた、周りに馴 染もうとしていた時は心が抑圧されていたのだろう。
 私はまだ18年しか生きていないし、さしたる実績があるわけでもない、だからこそ私は特別ではない等身大のマイノリティとして周り との違いに苦しんだり困っている人たちに勇気を与えていくことができるのではないか と思う、すぐには無理かもしれないが「明日から」ゆっくりとやっていきたい。この記事を 読んでくれた人に伝えたいことがある、誰が決めたかもわからない「普通」や「常識」という化け物に縛られる必要はないんだと。
自分たちの困りごとを発信しよう、すぐに解決する ことは難しいけれど社会に届けることはできるのだから。自分の気持ちを押しつぶさない でほしい、学校で学べることは他の場所でも学べるけれど一度壊れてしまった心は元通り にはならないのだから。
最後に記事を書く機会を提供してくれたhanpoのメンバーの 方々に感謝の気持ちを表明すると共にこの記事を読んでくれた方々が「明日から」少しで も希望を持ってくだされば幸いである。 

細田朋広

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