あのときの選手が監督って話
盛り上がり具合がえぐい春の選抜。どうしてかって、それは、甲子園で球児たちが優勝のために戦っている暑い姿を見るのが2019年夏ぶりだから。本当なら、昨年の春も、夏も、同じように戦いが見られるはずだったのに。
そんな中、昨日、茨城の常総の試合があった。相手は敦賀気比。
この試合を一生懸命に見たのは、母の思い出の高校だから。母の青春が、まるでよみがえったような、そんな試合だった。
本当は仕事で見られないはずだったこの試合。天気の影響で一日ズレ、結果的に母にとっては最高の日取りになった訳だ。めでたい。という訳で、この試合に備えて、やるべきことはすべて済ませ、ドラマを見たがる弟を牽制し、テレビのチャンネル権を譲らなかった。
ところが、二試合目が思った以上に白熱して、延長へ。母の緊張がシンプルに長くなっていった。二試合目も、面白かったな。
そして、遂に常総の出番。そうなると、母が突然テーブルの椅子からテレビの前へと移動した。その姿、まるで神木くんがテレビに出ているときの私のよう。テレビの目の前に正座し、凝視。そんな母の姿を見たのは初めてだった。
そこまで何かを見ようとするのには理由がある。それは、母のお目当ては監督だったからだ。母がまだ幼い頃、選手として甲子園で活躍したその選手、それが常総の監督として甲子園に再び戻ってきたのだ。
とは言え、監督がそんなにバンバン抜かれる訳もなく、出鼻を挫かれた母は、てれびを正面に見据えられる席を確保し、その場所から高校野球を楽しんだ。
毎年、甲子園は家族で見ていた。私が見始めたのはここ数年だが、元野球少年の父と、甲子園大好きの母は、本当にずっと見ていた。夏の準決勝の日は仕事を休むほど、あほな母だ。
今年の春の選抜も例外ではない。開会式から見て、仕事が終わると直帰で野球観戦。ただ今回に限っては、常総の出場が決まったその日から母のまなざしは例年のそれとは違った。そしてようやく、この日が来たのである。
二回表。相手のミスが目立ち、常総は4点を獲得する。そこからしばらく双方点が入らない。ランナーがやっと出ても、なかなか得点に結びつかない。
しかし試合は動く。七回裏。敦賀気比が3点を入れた。勝ち越しとはならないものの、相手のミスで手に入れた4点に迫られ、ピンチ。何がピンチって、母の精神状態その他諸々がピンチ。母に乗じて常総を応援していた私もピンチ。
だが八回、常総が1点、敦賀気比が2点と、同点で試合は九回へ。三年前、2018年の金足工業や星稜が見せてくれた、八回裏付近の奇跡。それが、起こりかけてしまった訳だ。七回裏、八回裏というのは怖い。何が起こってもおかしくない。10点入ってもおかしくない。だから二回表で4点入った時、母は平気で「11点は欲しかった…」などと意味不明なことをつぶやいたのだ。
九回表は、おしいところまでいくも無得点。ここは、相手を抑えて延長に持ち込むしかない。二試合目が延長10回で終わったこともあり、時間は結構押している。
九回裏、フォアボールを二回も出してしまったうえに、申告敬遠(昨日初めて知った)で、1アウト満塁というピンチ。狙うはゲッツー。だがここは粘った。ゲッツーではなかったが、順当にアウトを取り、無失点に抑えたのである。流石に焦った。ひやひやが止まらず、正直もうだめかとも思った。思ったが、母と共に悲鳴にも似た安堵の息を吐いた。
遂に延長。母は録画の延長。チャンネルが変わっても録画できるように2チャンネルの予約を抑える。私は、それまで漫画銀魂を読みながら、つまりながら見だったが、それを置いた。読みかけのそれを畳み、激しい頭痛を抑えてテレビを見守る。
ちなみにこうなるまでにも、事件は一つ起きていた。母が夕飯を、鬼サボって適当なものを作り始めた頃、隣に住む祖母が訪ねてきて「今晩寿司でも取ろうか」なんて言い出すものだから。作りかけのサボり飯を翌日の朝、昼食へと変え、母は定位置に戻った。
その後も、祖母が何度もうちを行き来し、うちはうちで家族全員分の注文を書き出し、祖母と伯父の注文も揃ったところで、試合は七回。注文の電話をするタイミングを失っていた母を見て、私は救世主、メシアになることを決意し、こう言い放った。
「電話しといてあげるから、見てなよ、常総。」
決まった。まじ決まった。本当は電話が苦手な今時の若者で、電話なんてできればしたくないけれど、ここは私が一肌脱がなくては。
注文の邪魔になるような奇声を上げないことを約束させ、私は淡々と任務をこなした。そうしている間にも、視界の隅で動く母。何やら安堵したようで、敦賀気比が勝ち越さなかったのかな、と推測。
電話が終わると、先に述べた九回だった。そして、延長が決まる。
しかし延長も、毎回ひやひやとさせながらも互いに無得点。まさか?まさかの?と思っていたら、今試合初のタイブレークへ。タイブレークは点がバチバチに入って面白い。自分が応援しているターンは、面白い。相手の順になって瞬間に鬼畜極まりないルールに思えてくる。
ここで常総はやってくれた。まさかの4点。ここまで相手のミスが目立っていたが、ここはしっかり自分たちの実力で決めた。しかも4点。これは大きい。どうにか逃げ切って…
延長タイブレークで13回裏、手に汗握る。シンプルに手汗がやばい。見たくない、見たい、そんな葛藤をよそに、ピッチャーは投げていく。一人目、アウト。二人目、アウト。なんと、ランナーすら出さない。だが、三人目で投球態勢に入ってそれをやめてしまい、1,2塁のランナーを送ることに。予断を許さない。
ここまで来て、私は自分の場所を断ち、頭痛を収めるために頭に敷いていたアイスノンを放置したまま、母の隣へ走る。震えが止まらない母。それにしがみつき祈る母。この一球。決めてくれ――
アウトーーーーーーー!!!!!!!!
その実況をつぶすかの声量で叫ぶ私たち。勝ったのだ。常総が、勝ったのである。相撲中継をほったらかして見続けた甲斐があった。勝った。自分たちが応援したチームが。母は、自分が応援するチームは負けるというジンクスを、一番応援しているチームでぶち壊したのであった。
ふと母を見ると、震えながら目を真っ赤にして涙を流していた。「えっと、息子さんの学校ですか?」息子さんは自分の部屋でアニメ見ていますが。こんなに白熱したのは、先にも上げた2018年の夏以来だった。
待望の監督インタビューをしかと見届け、それでも興奮が冷めない母を見て、私はこの日二度目の決意。「お寿司私が運転して弟と取りに行くから、ゆっくりお風呂入っておいで。」
結局時間に余裕が出来たので母と私で寿司を迎えに行ったが、道中のテレビで高安の負け試合を見て、少し残念な気持ちになった。しかし、朝乃山が勝ったのでよいとしよう。
常総と敦賀気比。熱い戦いだった。延長13回まで、どっちも引かない試合だった。諦めない球児たちの姿は、とても輝いていた。眩しかった。
やっぱり、高校野球は最高だ。彼らの力が、私たちの力になる。特にひいきの高校がない私は、毎年試合を見ながら、終盤にやっと応援したい学校が定まってくる。今年は、常総で行こう。次の試合はちょっと厳しいかもしれないけど、負けたっていい。勝ったって、負けたって、その過程が、私には重たく残る。その過程が素晴らしいのだ。