自分にあった、豊かな生活を求めて。
コトノハ 針谷 周作
本が売れない!
書店に人が来ない!
そんな状況を見かねて、数年前、地元の東急池上線沿線で「池上線ブックフェスタ」と名打って、沿線にある14の書店とともにイベントを行った。
2013年から、地元の街の本を出版してきた私たちは、この沿線にある街の書店になんとか足を運んでもらい、いつもより多くの本を買ってもらおうと日々考えていた。
14の書店に段ボールにイラストを描いた大きなボードを展示してもらい、この沿線にかかわりのある本の書名を訪れた人に書いてもらう、という仕掛けをつくった。
沿線には、池波正太郎をはじめとした文人や山口文象などの建築家、芸術家たちが暮らし、終着駅の五反田と蒲田をのぞけば、静かな住宅地が広がる。
そんな静かな街に、音楽家を呼び、街の書店の店頭でライブも演ってもらった。
商店街に、いつもとは違った賑わいが生まれた。
それ以外にも、地元の街歩きガイドの会の人に協力をいいただき、かつて池波正太郎が住んでいた戸越銀座の文学散歩ツアーも企画した。ツアーの最後に、戸越銀座で長年営業する明昭館書店さんにお邪魔して、街と文人の話をしてもらった。
イベント中、書店を見に行くと、設置したボードに手書きで書名が続々と書き加えられていくのを目にして、「ちょっとした賑やかし」もまずまずの成功を収めたように思えた。
地元の街の書店は、普段、イベントなんてやらない書店が大半を占めていたので、このイベントをやってから、書店に行くと「あの時のイベントは〜」などと書店主さんから楽しげに話しかけられ、企画側わずか3名で奮闘したイベントは大変だったけれど、やってよかったと思った。
ここ数年は、書店に行くと、親しい店主たちは冗談まじりで「もう本はダメだね」「全然売れない」と言葉をもらす。
毎日書店に立ち、本を買う客を待ち続けている店主の言葉には、重みがある。
そんな話をしてくれた書店も、去年の年末に閉店してしまった。
最近は、そんな閉店した書店の取材をさせてもらっている。
かつて本が売れて売れてしょうがないという時代を見てきた店主たちの話に耳を傾ける。
人の話を聞くことが好きな自分にとって、出版の仕事は天職だなと思っている。
世界的には戦争時代。
大きな物語の終焉。
価値転換の時代。
13年前、やりたいことをやろうと会社をやめて、仕事場を併設する大きな部屋を借りて、コロナを挟んでからは転々とし、いまは肩肘張らない部屋で仕事をして、食事をとり、散歩し、ジムへ行き、たまの夜に気心の知れた人と少し酒を飲む。
派手なパーティには近づかず。かといって好奇心は失っていない。
おもしろいな、という人に連絡をとり、会いに行けるのは編集者の特権だ。
最近は、なかなか出版にこぎつけない企画をいくつか抱えながらも、割りと楽しく過ごしている。
仕事で出会う人たちは、みな読書家ばかり。
買う本は、仕事する人たちから教えてもらっている。
たまに、うちから本を出したいという人から連絡が来る。
しばしメールでやりとりをして、お互いの距離を縮めている。
いい循環の中にいる。
今年は、2〜3冊本を出す予定でいる。
無理せず、あせらず、流されず。
自分にあった、豊かな生活を求めて。
いつか、本の仕事をしている人たちはなんて愉快な暮らしをしているのだろう、と思われたら、嬉しい。