歌物基本形とは(3) "4段目"
32小節のABAC進行のスタンダード、「歌物基本形」についての話。
今回は、謎の多い(というか、僕の知識不足)4段目についての話。
結論として、この部分の鍵となる「Ⅱ7」については、ここは五度上に転調していると考えたい(属調に転調)。
セカンダリー・ドミナントのように見えるけど、それはあくまで結果論。
4段目:
4段目です。
前半、後半の折返しに至る部分で、割と特徴的な響きのサウンド。
今回はまるまる一章、これの説明です。
後半3〜4小節目は、まあわかりやすい。
いってみれば後半のセクションの頭に戻るためのターンバックともいいましょうか、戻るためのコードです。冒頭のコードは多くの場合 トニックのⅠ△7なので、スムースにそこに移行するため2−5が多いですね。
もちろん、3−6−2−5だったりもしますし、多少バリエーションはある。また、冒頭のコードによって変わります。
たとえば、冒頭がⅣ△7(Cの場合はF△7)のサブドミナント場合はGm7-C7に化けたりする。
問題は前半1〜2小節目です。
コードの構成としては「ドミナントの積み増し」いわゆるセカンダリー・ドミナント、そして、そのツーファイブに見える。
この部位の鍵は2小節目のD7 (II7)だと思います。
II7の謎
このD7(Ⅱ7)、Non-Diatonic Chordですね。
このⅡ7が何なのか?
と理論に詳しい人に尋ねると、セカンダリー・ドミナントという言葉がかえってくることが多いんですけれども。そりゃそうです。正しい。
でも、どうも僕はその説明に首肯しがたいものを感じていました。
「セカンダリー・ドミナント」コードの前後関係を破綻なく説明することはできるけど、なぜこの場所にこのコードがあるかを説明してくれない。
そして、曲集をずっとみていると、セカンダリー・ドミナントになっていないD7があらわれることもある。
メロディー視点でみると、ここでナチュラルやシャープの臨時記号がつくことが非常に多いし、同じモチーフが転調して使われることが多いんですよね(例えばAnother You)。
なので、転調と考えるのが自然なんじゃないか……と思っています。
この4段目1~2小節は、5度上に(Ken in CであればG)のツーファイブ。
5度上に転調していると考えて、僕はアドリブを吹いています。
ただし、3小節目で in Cのもとの調性に戻ります。一瞬の転調感。
このパターン、この「歌物基本形」に限らず、さらに言えばジャズに限らずめちゃくちゃよく出てきます。
2回同じセクションが繰り返される時、一回目にでてくる、これの普遍的な意味はなんなんでしょうかね?
ジャズの一例
例えば、ConfirmationのAメロ。7小節目にG7が出てきます。
It’s All right with me、Old Folks にも同じ構造がでてきます。
今回「歌物基本形」で示したのと同じものが、AABAの一回目のAによくでてくる。
ただし、二回繰り返すと必ずでてくる、と決まったわけでもない。
例えば"I Got Rhythm"、およびそのファミリーの、いわゆる"Rhythm Change"シリーズでは、この進行は出てきません。
ポップスの一例
このコードは、ポピュラーでも割に頻繁にみる進行でもあります。
川の流れのように
美空ひばりの名曲ですね。サビの部分だけ提示しますが、この2段目。
ここでD on F#と書いてありますが、ここがそうです。
(ジャズ的にはD7となるでしょうが)
「瞳を閉じて」「今日の日はさようなら」など類例はなんぼでもあります。
しかし、このII7パターンをめちゃくちゃよくみますが、適切なラベリング(用語)を見かけません。
数年間探しているのにまだ出会わないのですが、すべてのジャンルの作曲の方法論の成書を読んだわけではないので、不勉強なだけかも。求む情報。
さて、(2)で示したように曲ごとのバリエーションを示してゆきます。
すべてKey in Cに転調して記載しています。
また、すべてのスタンダードブックを見るのも面白いのですが、今回は黒本(Jazz Standard Bible)のみとします。
表記のバリエーション。
1. 基本形
この形が、フロントとしては一番アドリブしやすいと思っています。
よって、これを「基本形」と呼称することにしましょう。
Am7-D7のツーファイブと Dm7-G7のツーファイブ、という形でフレージングすることもできるし、D7→Dm7という変化を強調して構成音の変化をフレーズに反映してもいい。
この形で記載されている曲:
Emily、Falling in Love with Love、It Could Happen to you、For all we Know
Like Someone in Love、Love is Here to Stay、But Beautiful
I Left My Heart in San Fransisco、My Shining Hour、Tenderly
など沢山ありますね。
Amのその前段に Bm7-5 E7 とAmを導出するコードをつけたりするのも割とよくあるパターンですし、アドリブでもそうフレーズするとBopっぽくなります。
2. All of Me:
1〜2小節目をD7で書いています。
アドリブするときは基本形に直して吹いていいと思う。
この形で記載されている曲:
Donna Lee、I Can't Give You Anything But Love、In a Mellow Tone、
L-O-V-E(正確には少し違う)
But Not For Me、Another You、A Weaver of Dreams
But Not For Meは冒頭がII7で、3〜4小節目とつなぎが悪い問題があります。
以下、3~ではすべて前半部が in Gの転調になっているんだな、ということをなんとなくわかっていただければと思います。
3. Child is Born
Dm7の代わりにGsus4と記載。吹き方はほぼ同じでいいと思う。
Gsus4→G7のフレーズが得意な人はこのままでもいいのかも。
4. E.S.P.
基本形のちょっとしたバリエーションですね。
G7の代理コードでDb7。別に基本形になおしても問題ないし。また基本形でコード進行がかかれても、コード進行を踏まえてフレージングしても問題ないです。代理コードはほぼ等価ですからね。
5. My Ideal
バラードなので、2小節です。これはやや珍しいパターン。
メロディーがこのコードで書かれているためこのコード表記です。
D7とAb7が代理コードとして同等ですから、D7→Ab7は流れているようでいて流れていない。ソロをとる時には基本形でフレージングしてもいいかもしれません。
6. Sometime Ago
これは珍しいパターン。後半3-4小節が半音で建て増しの2-5になっています。Bye Bye BlackbirdのCパートの最後に近いですね。
このケーデンスではD7はセカンダリー・ドミナントの体をなしていません。D7は「セカンダリー・ドミナント」と考えるより、3〜4小節目とは独立しているんじゃないか、五度上に転調しているんじゃないか思う根拠がここにあります。
7. Just Friends
冒頭はAll of Meパターン。後半冒頭がIではなくⅣ△7なので、そこに行くためにG7-Gb7(C7の代理コード)が置かれています。4小節目で帳尻合わせています。後半3−4小節は冒頭へのターンバックとだけ考えていますが、実は
後半で in Cに戻っていることが重要なんじゃないかと思っています。
8. Day by Day
これもJust Friendsに似てますね。基本的にはAll of Meパターンだけど、後半冒頭がCではなくDmなので、最後の一小節だけ帳尻合わせでDmの2-5。
ここでも3小節目は Key in G→Cにもどっていることを匂わせています。
9. If I Should Lose You
前半は基本形通りです。後半の冒頭がAmであるために4小節目がAmに向かう2-5になっています。こうなると、やっぱりD7はセカンダリー・ドミナントじゃないよなあ、と思う。
10. The Days of wine and Roses
やや珍しいパターン。前半1-2小節が Key in Gの 3-6-2-5になっています。
11. I Could Write a Book
これも、よくわからないコード進行です。EmはGのVImと考えれば、1〜2小節目は5度上のKey in Gとみなして基本形と大きく変わらないニュアンスで吹けるようには思います。2−5から始まるのではなく Tonic-2-5の形になっている。
12. It's You or No one
黒本には二種類のコードが書かれています。
上は、基本形に近いけれど、1小節めにin Gのトニックが置かれています。11. I could write a bookに近いコンセプトです。
下は、後半冒頭のDmに向かう2-5を4小節目に置いています。
逆に上段は 冒頭が Dmなのに、Dm7-G7なんですよね。
これ、But Not For Meで感じる謎と同じで、3−4小節目はその次へのターンバックという意味だけではなく in Gに上がった転調を in Cに戻しているという
大きな意味があるのかもしれない。
13. My Foolish Heart
バラードでコードが割と細かく分割されているのが特徴。
前半2小節は in Gの 2-6-2-5、後半2小節はin Cの 2-6-2-5となっており、いわゆるRhythm ChangeにおけるTurn Aroundに近い形です。
ここまで来ると、基本形の2小節目の「D7」のセカンダリー・ドミナントという謂いから完全に外れていることがわかります。
基本形のD7は結果として「セカンダリー・ドミナント」になっているだけ。この部位に転調があると考える説を推したい理由です。
14. Embraceable You
1〜2小節目は Key in G、3〜4小節目は Key in Cのコードが配置されていると考えましょう。これも、うまくつないでるだけ。
15. I Wish I Knew
これは難しいなー。1-2小節は基本形通り。
3-4小節。key in Cに戻っているという基本は同じです。
3小節頭でG7で一度CのTonicに戻り、再び 2-6-2の6=A7をEb7とA7の代理コードにかえていますね。
16. Laura
これはかなり珍しい。2小節後半〜3小節目が Key in Gです。1〜2小節目前半はむしろGmの2-5で、そこから3小節目のGメジャーに抜けて4小節目では冒頭のAmに導出すべく Amの2-5が置かれています。3-4小節目ではKey in Cに戻るという原則は省かれていますが、平行調マイナーのAmに戻っていると考えましょう。
まとめ
さまざまなコードのバリエーションをみてきました。
基本形の、
|Am7 |D7 |Dm7| G7 ‖ C
は、結果的に運良くセカンダリー・ドミナントになっているだけで、2階建てが成立していないパターンも結構ありますね(6.9.13.)
すなわち、セカンダリードミナントだからD7が配置されているのではなく、この部位をGへ転調しているという事実があって、そのあとターンバックのコードをうまく繋いでいると考える方が自然ではないでしょうか。
5度上のGへ転調していると考えると、4段目のコード進行を包括的に説明することができる。
ただ、この属調(5度上)への転調が、どのような効果があって、どういう普遍的な効果があるのか、ということについては、よくわかりません。「How」はわかるんだけど「Why」と「What」はわからない。
この項では、1~2小節目はKey in Gのコードが使われているものを主に収載しました。
さらに「歌物基本形」を掘り起こしていると、この5度上(属調)への転調の発展系ともいえるパターンがたくさんあることに気づきます。
さらにひねった転調のバリエーション
さて、1〜2小節目がKey in Gに転調していると述べてきました。
実はそこからさらに発展したコード進行がさらに存在します。
先ほどと同じく、すべて in Cに転調して記載しているので混乱なきよう。
20. I'll Close My Eyes
まずはみんな知っている" I'll Close"。
突如でてくる4段目の見慣れないコードは初学者にはちょっと難しく、戸惑う人も多いと思います。が、これ、今まで散々述べてきたKey in Gへの転調を平行調のEmに転調していると考えると、疑問が氷解する。
2小節目と3小節目がうまくつながっているから逆にわかりにくいんです。
前半は Key in Em、後半はKey in Cの3-6-2-5と考えればいい。
Ebは6であるA7の代理コードですね。
In the wee small hours of the morningも同じ理屈のコードケーデンスです。
21. I Thought About You
これも、I'll Closeと同様に Key in G≒Emと考えましょう。
前半は Emの 2-5。個人的には 2-5-2-5の書き方は、嫌いな食べ物をくちゃくちゃ噛んで飲み込めてないような感じがして好きではありません。
アドリブするときには |F#m7-5 | B7 |と大きくとればいいと思います。
22. Cute
1-3小節目はEメジャーの2−5−1です。もとの調性からかけ離れているのに、自然に聞こえるのはなぜか?
I'll Closeでは Key in G→Emと書き換えました。
そこから、さらにEm→Eメジャーと書き換えたものと思います。
自然に聴こえるのはそのためです。4段目の転調ルールが我々に染み付いているから、このバリエーションは違和感を感じにくい。
23. Shiny Stockings
これも、Cuteとほぼ同じです。こちらのようにEm7を挟んだ方が、コードケーデンス的には繋がりやすいですが、本質的には同じです。
24. I Love You
I Love Youは「歌物基本形」の形ではなく、AA'BA''とでもいうべき形ですが、4段目でいきなりin FでAmajorに転調します(in CならEmajorです)
これも、属調のG→平行調のEm→同主調のEmajorと考えると理解しやすい。4段目ですが「歌物基本形」ではないので正確には包括的に論じる対象でhないとは思いますが、昔からここのコード進行(というか転調)について疑問ではありましたので追記させていただきました。
25. Tangerine
これは I love youよりはわかりやすい。前半は in Eの 1-6-2-5のTurn Around。後半は Dm7に導出される2-5です。Emajorをうけて3小節目はE7にしているのがニクい。こうみると、2小節目は3階建の2-5に見えるからね。
ただ、この進行は3-4小節目は key in Cに戻っていません。E majorからはなかなか戻しにくかったのかもしれません。東京の人が、博多出張、翌日大阪に出張だったら、博多泊にして、そのまま大阪に向かう、みたいになりますよね。
26. Triste
1〜2小節目はTangerineと似ています。
TristeはTonicのⅠに解決するので、3-4小節目は3-6-2-5としていて、Emに連結しています。これは博多からそのまま東京に戻っているタイプ(笑)
27. If I were a Bell
これも前半は ざっくりEmのキーでEmajorに抜けています。E△7を3小節目において、そこで一旦流れを切って Dm7-G7としていますが、後半の冒頭はD7なんだけどなあ。これも in Cを意識させるためのDm7 G7で、カーブの先は断崖絶壁みたいな格好になっています。次の段につながないタイプの2-5です。
But Not For Meと同じ不自然さです。
いくつかの例をみていると、3-4小節目は次の段の冒頭につなぐ役割だけでなくin G(5度上)に転調したものをもとの調性(in C)に戻す役割もあるように思います。
次段のコードがNon-Diatonicの場合(If I were a bell, But Not for Me)にコードが「つながらない」場合はそういう役割に徹している、ということなんでしょうか。
28. Moon River
このMoon RiverのケーデンスはIf I were a bellと同じように考えることもできますが、おそらく前半は 「基本形」の Am7 D7のD7をキャンセルして 3小節目のEm(これは3-6-2-5で説明できる)に向かう2-5を挿入したようにも思われますね。解釈が分かれるところです。
29. Out of Nowhere
これは比較的わかりやすい。D7の代理コードであるAb7を用いています。
Aメロ3-4小節にはこの曲を特徴づけている転調 Ebm7 Ab7がありますが、これのオリジンはこの4段目のAb7なんじゃないか?と僕は思っています。
4段目のこのAb7をもとの調性(in C)に対抗しうるもう一つの調性(in Db)として、曲を作った。そのために、このコードを冒頭に持ってきたんではないかと思っています。
30. The Christmas Song
バラードの譜面なので、本当は2小節です。
これはかなり巧妙でして前半は Emajor (Key in G≒Emの同主調Emajor)にいき、そこから半音下のSDMでⅠにいくとみせかけてEbに解決しそこからさらに半音降りて冒頭Cに戻る Ⅱ−Ⅴ。うーん、ニクイ!
これは、この時代の凝りまくったコード進行のある意味真骨頂です。
こんなに転調しているのに、自然に聴こえるんだから。
まとめ:
20.~30.では属調(Key in Cに対してG)への転調をさらに発展させたケースを紹介しました。
大事なのは、かなり捻ったことをやっているように見えて、聞いた印象はすべて、かなり似ていることです。
1.~16で述べた in Gへ転調しているパターンに極めて聞き味は近い。
4段目には4段目の「感じ」があるということ。
それはつきつめると5度上への転調の、ちょっと「ぬけた」感じ、ということで総括できると思います。
では、一体、この5度上(属調)への転調は、一体なんなんでしょうか?
クラシックの楽理に詳しい方にぜひきいてみたいのですが、僕が探せる範囲では書いてありませんでした。
ただ、ヒントになるのは、All the Things You Areかなあと思ってます。
All the Thingsの謎
この曲は 最初の8小節 Fmで始まり、次の8小節はCmから始まります。8小節のパートが、次のパートではそのまま5度上に転調しっぱなしになります。が全く違和感は感じないですね。
実は同じような展開をする曲がもう一つあって、それはBill Evans作曲の"Comrade Conrad"です。あれもAbで16小節いったあと、5度上のEbに転調します。
同じようなことを試しに他の曲で試してみると、それほどは違和感がないんですよ。Bill EvansのAffinityの「酒バラ」にFとAbの転調がありますが、それよりは違和感があるものの、それはそれで聞けちゃう。
実は、曲の調性を固定しなければ、5度上(属調)への転調は、わりと自然に為されてしまうのではないか?というのが自分の考えです。
Mack the Knifeを一コーラスずつ半音ずつ上げて演奏する、というのがありますが、本質的に5度上は半音上と同じです。5度上に転調すれば明るさを感じさせ、展開感があるのかもしれない。
ただ、曲の前半と後半で調性ががらっと異なるのは、演奏上は大変です。
ボーカルはもっと大変で、音域の点でも支障があります。
それで、4段目で、一瞬5度上に上がる雰囲気をみせつつも、そのあと、もとに戻る進行がなんらかの演出的効果があると認識されるようになったのではないのかなあ……あくまで仮説ですよ?
4段目の1-2小節は5度上に転調し、ヌケ感を演出しますが、3-4小節はもとの調性にもどす「アンカリング」の役があるんじゃないかと思います。
解析まちのもの:
Up Jumped Spring、Come Rain Come Shine、How Deep is the Ocean
My Romance