ベッドのある部屋。
先週のある日、家を訪ねてきた人の体調が悪くなり、横になって休んでもらい、そのまま泊まってもらった。
突然のことで押し入れの客用布団を天日干しなどできていないし、時間も時間だったので自分の布団を使ってもらい、私はソファに寝たところ、翌朝から体のあちこちが痒くなり、数日の間に肘の内側や膝裏、お腹にまで赤い斑点が浮き上がった。
ダニにこれほど集中攻撃されたのは人生初で、かゆくて地味につらい。
蚊に刺されただけで腫れ上がってしまう方なので、かきむしらないように気をつけたものの、腕二ヶ所は痕が残ってしまった。
大型ソファは普段、荷物置きと化していて、本やらCDラジカセ、スキャナや布類でごちゃついていたため、隙間などに埃が積もって不衛生だっただろう。何気なく置いたモフモフの座布団やウールのブランケットやクッションにもすべて「彼ら」がいる(いた)気がしてゾワゾワする。
客人は翌日の午後になって回復して(虫刺されの被害もなかったそうで)ひと安心だけど、私の体にはその後も赤いポツポツが出続け、それでもようやく症状はおさまってきた。撃退スプレーや天日干し、掃除機をかけるなどソファや寝具、畳などに出来る限りの対策はしたけれど、一週間経った今も布団に入るのが少し怖い。
そんなことがあって、この数日は仕事の合間に絵本を眺めても漫画を読んでいても「誰かの寝床」が気になってしまったので、今日はベッド周辺の話をしてみます。
1.カーテンが半分しまっている部屋のベッド
表紙にも登場する、ベッドで眠るワニのお嬢さんの絵。この絵が最大の鍵になっている絵本『ヴィクターとクリスタベル-そっと恋して』。
ある日、美術館に届いた「病の床にある いとこクリスタベル」というタイトルの由来不明の絵。守衛のヴィクターは毎日見つめるうち絵の中のクリスタベルが心配になり…という話で、確かに枕はふっくらしているものの、掛け布団がシーツでくるんだ毛布だけのようだし、カーテンが半分しまっていて日差しも届かない部屋は寒そう。
巻頭に〈【病の床にある いとこクリスタベル】は、ヴィットーレ・カルパッチョの絵画『聖ウルスラの夢』(1495年頃)から、ひらめきを得て描かれたものです〉と説明があり、Wikipediaによると巡礼の旅に出た先で殉教した聖女、ウルスラの伝説を描いた連作の一枚(殉教のお告げを受けている夢のシーン)らしい。確かにウルスラさんの顔色が悪いようだけど、ベッドの飾りが繊細で、光や構図もとても美しい。
2.大中小の3つのベッド
『3びきのくま』は、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』などで知られるトルストイ作、ユーリー・バスネツォフ絵(小笠原豊樹訳)で長年版を重ねるロングセラー絵本。
女の子が森で迷って小さな家に入り、留守宅で三つの大きさのお皿から三つの大きさのスプーンを試してスープを飲み、三つの椅子に座ってみて、最後に三つの大きさのベッドを全部試して自分に一番ぴったりな小さなベッドで寝ていると、その家に住む3びきのくまが戻ってきて…というシンプルな話ながら、森の空気や室内外の気温差まで感じられるような絵にひきこまれる。ロシアの民族衣装を身につけるくま一家の姿や暮らしぶりは可愛らしくて味わい深いけれど、引っかかれたり噛みつかれたらひとたまりもないと分かる鋭い爪やキバがしっかり描かれていて、人間にとって明らかに他者だと(ディズニー的なキャラではない)伝わるところが素晴らしい。
私が模写したのは1935年刊行のもの(福音館書店)なので同じ方の絵だけど上の絵本とは少し細部が違っていて、ベッドの様子はこんな感じ。大きさだけでなく形が三つとも違っていて手作りの味わいがある。枕カバーをとめるリボンやレースの縁取りなども繊細に描かれているのがお気に入りポイントです。
3.サンタクロースの自宅のベッド
『さむがりやのサンタ』(原題『FATHER CHRISTMAS』)も人気のロングセラー絵本で、労働者、生活者としてサンタクロースを描く視点が嬉しい。サンタとしてクリスマスプレゼントを運ぶ先々の家庭のベッドだけでなく、彼が寝起きする自宅のベッドも描かれる。何度か買いなおしていて、今うちの本棚にあるのは2001年の第50刷です。
サンタ本人のベッドが描かれるのは最初と最後のページ(12月24日の朝起きるところと仕事を終えて25日を迎えた深夜、寝るところ)で、コマが多くて引きの絵がないのでベッドのマットレスや敷布など細部がよく見えないけれど、こんな感じ。よくホテルで見かける「シーツで布団を包む」タイプの掛け布団ぽくて、枕がふかふかしているのが分かる。
4.仲良しのおそろいベッド
アーノルド・ローベル作(三木卓 訳)の『ふたりは ともだち』などの【がまくんとかえるくんシリーズ】(文化出版局)も昔実家にあって親しんでいた絵本で、今手元にあるのは、シリーズから様々な場面を抜き出してまとめた『かえるの哲学』(ブルーシープ株式会社 2021年初版発行、現在絶版)。
ふたりがそれぞれベッドにいる場面が結構あって、絵になるのでその中の一つは公式グッズ(ピンバッジ)にもなっている。別々の家に暮らしているのにベッドは同じ形。枕がふんわりもっちりしているのが心地良さそう。右はがまくんがシーツにくるまってベッドから出てこない場面。
5.美しくて過酷なベッド
子どもの頃に読んで釈然としない結末のお話は結構あったけれど、とくに『えんどう豆の上にねむったおひめさま』というアンデルセン童話は、今も昔もピンとこない。
ただ、どの場面も美しいので、テキスタイルデザインの仕事をしていた頃、参考に太平社のものをよく眺めていた。衣装の細部まで「エキゾチック」な柄が描かれている点がお気に入りだった。
今回図書館で借りられたのはタイトルが少し違う『えんどうまめの上のおひめさま』(原作:アンデルセン 文:角野栄子 絵:西巻茅子 小学館2004年初版発行)。言葉のリズムが心地良くて、鮮やかな色彩と大胆なタッチがポップ。それでいてナイーブな表情の人物が魅力的な一冊だ。
ここで登場するベッドは、ある女の子を「王子さまの結婚相手としてふさわしい、ほんもののお姫さまかどうか」確かめるために皇后さまが、ベッドにえんどう豆を一粒置いて、その上に敷布団と羽布団を20枚ずつ重ねたもの。そのベッドで一晩寝た女の子は、どうなったのか。
ベッドはとても華やかで美しいけれど、寝てみたいとは思えない(そもそも高所恐怖症なのと、寝返りだけで崩れ落ちそうな土台の不安定さもこわい)。ただ、ふとこんなミルフィーユケーキがあったら可愛いなと思って、えんどう豆の甘納豆の上に何層も重ねたケーキを売り出したらどうだろう、などと思いついたりしたので、「絵になる話」として素直に楽しむだけでいいのかもしれない。
6.たくさん並んだベッド
修学旅行や林間学校など泊まりの時には決まって眠れず孤独な夜を過ごすことが多かった私は、たくさんベッドが並ぶ絵や大勢で眠る場面などが結構好きだ。自分自身は集団行動(生活)に向かないから、お話で擬似体験したいということなのかもしれない。
いわむらかずおさんの人気シリーズの中の『14ひきのこもりうた』(童心社)という作品では子ども10人が二層のスキップフロアに男女それぞれ5台ずつ置かれたベッドに寝ていて、全員の布団の柄が違ったり、それぞれの過ごし方や寝相を見るだけでも楽しい。
もう一つ、たくさんベッドが出てくる絵本といえば、これまたロングセラー絵本、『げんきなマドレーヌ』L・ベースマンス作・画/瀬田貞二 訳(福音館書店1972年初版発行)。寄宿学校のベッドがずらっと並んでいる様子だけで最高に可愛い。模写でもその可愛さが伝わるといいのだけど。
7.狭いところに寝る願望
押し入れの上段に寝たり、自分だけの狭い秘密基地で過ごす夢を子どもの頃は持っていた。
ある時から閉所恐怖症気味になり、カウンターだけの飲食店(その奥にあるトイレが特に無理)や細い階段で地下の飲食店に入ることが苦手になってしまったけれど、童話や絵本の世界で出会う「小さなスペース」は今も楽しい。
C.S.ルイス作(瀬田貞二訳)『ライオンと魔女』(岩波文庫 初版1985年)に登場するビーバーのお宅は、実際にそこで泊まりたいかはともかく「いいなぁ、行ってみたいなぁ」とワクワクする。
そのシーンにポーリン・べインズの挿絵が添えられていたので、人物やキッチンや釣り道具や生活道具などを除いてベッドの様子を伝えるために真似して描いてみた。壁をくりぬいたベッドやニッチ収納などがいい感じだけれど、敷布団が薄めなので背中が痛くなるかもしれない。
8.ベッドに寝ない人
昔、知り合いが腰痛で悩んでいて、せっかく立派なベッドがあるのに、床に直に寝袋を敷いて寝ていると知って驚いたことがあった。家具付きの部屋を借りていて、ベッドのマットが柔らかくて体が沈んでしまうので、腰に悪いということだった。
ベッドがあるのに床に寝る、という話は、長寿アニメ『サザエさん』の作者、長谷川町子さんのエッセイ漫画『サザエさん旅あるき』(私が持っているのは朝日新聞社文庫 2001年初版発行)の中にも出てくる。
旅好きの町子さんは、同行者が家族でも必ず一人一部屋で泊まる(高くついてもその方が心身を消耗しない)と決めていて、ただ、姉との旅で訪れたスイス・モンブランの宿ではツイン一室しかなかったため、双方とも隣で寝たくない(いびきがどうこう)と言い合う中で「私は60キロあるのヨ、あなた39キロだから洋服入れでちょうどいいの」と姉に押し切られ、毛布やカバーを敷いてクロゼットの中で一夜を明かしたのだという。
これを今読むと「ダニ大丈夫だったのかしら」と気になってしまう。
9.理想のベッドとは
さてそろそろまとめよう。
ベッドが描かれた本を自室で探している最中、本棚の下の引き出しから25年ほど前のインテリア雑誌(おそらく一般読者の部屋を紹介する独自路線だった『私の部屋づくり』Gakken/現在休刊中)の切り抜きが出てきた。
切り抜いたのは、当時の私の憧れのイメージにぴったりだったからだろう。
あるとき新しい部屋に暮らし始めて、三つ折りできる分厚いマットレスをベッドがわりに使い始めたところ、半年ほどして裏面にうっすらカビが生えているのに気付いた。クッションフロアの床は通気が悪く、就寝中の汗が行き場を失ったのだろう。日中はいつもマットレスをWの形にして立てていたけれど、窓が一か所にしかない部屋では十分に風が通らなかった。
それきり「憧れのベッドライフ」に見切りをつけて、畳の部屋つき物件を選ぶか、床の状態によって置き畳(正方形の琉球畳)+布団で寝ている。
輸入品のロマンティックな天蓋への憧れもすっかり消えて、夏は変なレースのついたワンタッチ蚊帳のお世話になっている。
今年の夏、引越す兄がマットレス+脚だけのシンプルなベッドを処分するというので「これ無印の?」と聞くと「の、ニセもん」「だから作りが雑で、裏面ボロボロ」との返事だった。
上の写真を切り抜いた頃は珍しかったけれど、ヘッドボードのないベッドは今や定番だろう。
ただ、そんな時代だからこそ、昔実家で私も使っていた〈ヘッドボードに物置スペースやライト、寝台下収納がついた〉機能的なベッドや2段ベッドなども、今はどんな風に進化したのだろうなと、たまにネットで検索してしまう。
うちの本棚にある、『お弔いの現場人』(朝山実著/中央公論新社2019)には、
オタマトーンなど楽しい創作で人気の芸術ユニット「明和電機」の土佐信道さんが、亡き母のベッドを利用して仏壇を作った話が出てくる。
葬儀の時、棺桶を入れるため(生前母が使っていた)ベッドを運び出して場所をあけないといけない、ベッドはいずれ廃棄するだろう、と姉から聞いた土佐さん。よく見ると「いい感じの木目」で、枕元の棚や背もたれの板のカーブが仏壇に転用できると「ヒラめい」て、寝台の下の引き出しも使ってシンプルでお洒落な家具調仏壇を「まる二日」ほどで完成させた。廃棄するはずのベッドの使いみちで、ましてや故人が使っていたベッドの残し方として、これ以上のものがあるだろうか。長谷川町子さんのクロゼットに寝た話とともに、とても印象深くてお気に入りだ。
・おまけ
ベッドのある部屋を描いた昔の絵(ロマンティックな天蓋の白いベッドに憧れていた時期のものです)。
これからも絵やお話の中で夢のベッド、理想のベッド、面白いベッド、ベッドにまつわるいい話、変な話などに出会いたいです。