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深夜4時の希望

コンビニに行くことにした。
深夜4時。

2時半ころに、エッセイを書いて、消した。
友達に手紙を書いて、それからもう一度試みて、やっぱりだめだった。
プライドと見栄と、書き方と言い訳、いろいろ組み合わせたけれど、いい答えが出なかった。
もともと難しい話題だとはわかっていたので、今日のところはすなおに諦めるに尽きる。

代わりに書いた手紙をポストに出して
ついでに、別の友達に送るポストカードを印刷しにコンビニに行こう。

「ついでに」というのは、わたしを勇ましくさせた。
ふたつの用事が、わたしの外出を心地よく後押ししてくれた。

だいたい、マトリョーシカを聞いている夜。っていうのがよくない。
もちろん、マトリョーシカが悪いというわけではなくて
わたしは、ぎりぎりのところに触れそうな言葉を選ぶときは、マトリョーシカを聞くようにしている。
ぐん、と後押しされる。
「触れられそう」という予感や、「触れたい」という希望が、確信に代わるので不思議だ。

わたしは今日も深いところに潜ろうとして、そうして失敗した。
挑戦は美しいけど、同じくらい離脱も美しいだろう。
離脱したうえに、予定もすませようとしているのだから。えらすぎる。

「没入用ヘッドフォン」をつけたまま、家を出ることにした。
これは友達から贈られたもので、わたしは彼女に何度も「2021年いちばん有り難い贈り物だった」と告げた。
ノイズキャンセル機能がついていて、音質も過不足ない。
わたしを深いところや、遠いところへ容易く連れて行ってくれる。
あと、「似合う」と言われるので気分がいい。

落下しすぎるのはよくない、と思ったけれど、同時に「落下すべき夜がある」とも思う。
散歩に際して他のアーティストに変えようかと思ったけれど、マトリョーシカの別のアルバムを選んだ。
その音は、暗い夜に不安を灯した気がしたけれど、この街の暗さなんてたかが知れている。
「夜に転んで、落としたサンダルを見つけられなかった」という逸話を残す、実家とは違う。

わたしは、ポストに向かって歩き出した。
「手紙用」のところに、封筒を落とす。
ミュシャのポストカードにぎっしり文字を書いて、封筒に入れたものだった。
ポケモンの切手を貼ってある。

それからコンビニに向かう。
いろんなことを考えて、それはすべて答えのあることだった。
そして世の中には「完全に答えを見出していても消えない感傷」があることを、わたしは知っている。
そう、たとえば乱暴に言うならば「花は枯れるとわかっている」が、「枯れた花を見てまったく悲しくない」と言ったら、やっぱり嘘だ。わたしは枯れても枯れていなくても、花を捨てるときには、ちょっと寂しいと思っている。
なんとなく、そういう類のことがいくつかある。
それを確認しながら歩いた。答えはもう、わかっている。

ポストカードを印刷して、コンビニをうろついた。
本のコーナーにあるポーチがかわいい。と最近ずっと思っている。
コアラのマーチとか、肉まんとか、トムとジェリーとか。買わないけど。
半額のコーナーには前回きたときと同じラインナップで、どうぶつの森のつぶきち、まめきち、たぬきち、とたけけが並んでいた。わたしはジャックが欲しかったのに。ジャックには最後まで会えなかった。

しばらくうろついたけれど欲しいものはなくて、アイスコーヒーのパックとポケモンカードだけ手に取った。
最近、コンビニに来るとアイスコーヒーを買う。特に夜。なんでだろう。好きなんだよな。
ポケモンカードは、あんまり売ってなくて、友達が集めてるって言ったから、見つけたら買うようにしている。おひとりさま1パックまで。

会計をすませて、「ありがとうございました」とほほえむ。
わたしはいつも、できるだけほほえむようにしている。
いいやつでありたい、いいやつの皮を被りたい。それがわたしにとって大切なことだった。
目をあげたら店員の青年と目が合って、なぜだか不思議そうな顔をしていた。

その顔を見て、心の中でにんまりした。
心の中だけだといいな。マスクの下で笑っていたの、バレていないかな。

不思議そうな顔をされると、なんだかおもしろい。
そりゃあ、そうだよなあ。と思う。
平日の朝4時過ぎにコンビニにきて、アイスコーヒーとポケモンカードを買う。
背が低くてマスクをしているわたし(もちろんスッピン)は、なかなかの年齢不詳だと思う。
肩からぶらさげているカバンはポケモンの形をしていて、モクローだと気づいただろうか。
いま買ったポケモンカードのパッケージに印刷されているジュナイパーの進化前なのだよ。
ねえ、気づいた?
気づいていたとしたら、そんな不思議な顔をしないか。
気づいていたとしたら、君は笑っただろうか。

気づいているかどうか、というのを確かめる術がない。というのもよかった。
もちろん、話しかけることはできるけれど、それは美しさを欠く。

正体不明なやつ。いいじゃないか。
「へんなやつだったなあ」とか、「ひまつぶしになったなあ」とか、思ってもらえたら、なんとなく救われる。

コーヒーのストローを咥えながら歩く。
空を見るとひとつ輝く星があった。
この季節の4時過ぎ。というと、西の空に沈む手前の星は、おそらく春の大三角のどれかだ。
しし座の位置がわかれば特定できそうだと思ったけれど、見つからなかった。
または北斗七星を、と思って北側を見たら、建物に隠れて見えなかった。
まあどうせ、わたしの視力じゃわからんのだけどね。
星は好きだけど、目が悪い。目が悪くても、星は好きだ。

帰ってくると4時半だった。
散歩に行って帰ってくると、少しはマシな気持ちになっているのが不思議だなあ、と思う。

そして「暗い道をひとりで歩く」という背徳感を、
わたしはやっぱり、捨てられなかった。

これからどれだけまっとうな顔をして生きているふりをしても、朝4時にコンビニに行きたい。
明日が仕事でも早起きでも関係ない。
ポケモンカードとか、おもちゃを買って、「おまえなに?」みたいな顔をされたい。

そのときだけわたしは、どこの誰でもないわたしになって、宙を浮く。
身にまとったいろんなものや、抱えている問題を遠くへ押しやって、
その瞬間に、わたしはわたしを手放す。
それが、何かひとつの希望に成り得るような気がしてならない。






※ある日の4時

※正体不明、花屋に通う


【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
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松永ねる
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