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中野
中野に住んでいたころのことを、覚えていない。
住んでいた期間も1年と少しくらいだった。
煙草を吸いすぎて、ヤニで本棚のあとがくっきりと残ったことには驚いた。
失恋のアレコレで絶望して、この街に逃げてきた。
引っ越した2ヶ月後には手を怪我して、ピアノを弾けなくなって
一緒に住んでいた男の恋人になってみて
彼が新しいバンドを始めて羽ばたいてゆくのを、呆然と眺めながら
わたしは、自分のバンドを休止させた。
そして男がわたしを捨てて出て行った。
それが、この1年と少しのあいだに起こった出来事だった。
だからか、あまり覚えていない。
あとごめん、中野じゃなくて新中野住んでいた。ちょっと見栄張った。
相方みたいに、新中野の中野寄りに住んでいたら「中野に住んでいた」って言ってもよさそうだけれど、わたしは新中野と中野新橋のあいだに住んでいた。
中野は、いつも曇っていた。
わたしの心がそうだったからかもしれないけど、とにかく曇っていた。
あとは、夜だった。
町田から終電でなんとか中野まで帰ってきて、そこから新中野まで歩いた。
良い思い出がないと言ったら嘘だけれど、とにかくあまり覚えていない。
曇と夜の狭間みたいに、ぼんやりとしている。
*
中野駅に行ったら、マルイのコメダに行くつもりだった。
いま限定のシロノワールを食べたい。
中野のコメダが消滅していないことは、リサーチ済みだった。
たぶん、たしか、むかし、シューセーとふたりでコーヒーを飲んだ。気がする。
確か、そうだった。
あれは暖かな思い出で、久し振りに会った元バンドメンバーは結婚して、子供もいて、でも楽しく音楽を続けていると言うか、虎視眈々と狙い続けているみたいな話で。すごく元気が出た。
あと、「ヨメには仕事だって言ってスタジオに来ている」というのも、なかなか好きなエピソードだった。
なかなか賢くなったな、と思った。
シューセーは押しに弱い良いやつで、ヨメはなかなかパンチのある人だった。
夫婦とかパートナーの「包み隠さず」がどれくらい大切で、どれくらい危険か、いまのわたしにはよくわかる。
必要なのは、気遣いだ。ということも。
あのコメダなら行ってもいい、と思ってので、少し早めに会社を出た。
駅前の通りに面した窓があって、あそこが好きだった。
中野駅で降りて、南口側だったよなって理解していたのに、中野駅の改札に全然もう、懐かしさの微塵もなくて、驚いて北口を出てしまった。
こんなに人の多い駅に住んでいたなんて驚きだ。いや、実際に住んでいたのは新中野だけど。
ようやくたどり着いたコメダ珈琲は、満席だった。
マルイの2階を少し歩いたけれど、懐かしい気がした。
近所(新中野の中野側)に住んでいた鈴木さんと、一緒にきたような気がした。
なんとなく、そんなような気がした。
思い出はそれだけで、あとは中野駅の何も懐かしくなかった。
新中野に住んでいたといっても、あの頃は中野のリンキーディンクスタジオを使っていたから、楽器を持って週に2度くらいは来ていたはずだ。
あ、楽器を持ってということは、約10キロの鍵盤を背負っていたのだから、中野駅の周りを散策したりはしなかったわけだ。
そうだ、そうだった。
そりゃあ、懐かしくもなんともないわけだ。
*
ただ、フジヤは
角のフジヤは、懐かしい。ような気がした。
鈴木さんが、お菓子を買ってくれた。ような気がした。
いや、気のせいかも知れない。
18歳のときに住んでいた柿生のフジヤと、記憶が混ざっているかもしれない。
いやこれは、記憶ではなく妄想だ、と気づくまで時間はかからなかった。
たぶん、鈴木さんと一緒にフジヤには来ていない。
もしかしたら、シュークリームかなにかを餌付けされたことはあるかもしれないけれど。
一緒に来てはいないし、頻繁でもなかったはずだ。
ただ、彼女なら
彼女が隣りにいたら、シュークリームを買ってくれたと思う。
食べることに執着していた彼女は、食べさせることにも執着していた。
わたしがあんまりにも食べることを面倒がるし、落ち込むととにかく食が細くなるから、いろいろ気を使ってくれていた。
ひとつしか年が違わなくて、一応大学の先輩ではあるのだけれど、まあ敬ったりとかそういうことは全然なかったのに、よくオゴってくれた。食べさせてくれた。
だから、これは妄想だ。
鈴木さんがここにいたならば、きっとそうしただろう。
それは思い出でも記憶でもなく
いまでもきっと、そうなのだろう。と思う。
*
コメダ以外のコーヒー屋を知らなかったわたしは、そのまま劇場の近くまで歩いて、ファミマのイートインでフラッペを飲んだ。
フジヤには、立ち寄らなかった。
そして帰りに、シャッターが閉まっているフジヤを見て
やっぱりそこにフジヤがあることを確認して
それだけが懐かしいような気分で、総武線に乗り込んだ。
※中野から帰って書いたエッセイ
※見に行った舞台
イチゴエン朗読公演 序幕御演『賭け』
— イチゴエン@30日12時/16時🃏 (@1goenn) April 24, 2023
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🗓:2023.4.26㈬~30㈰
📍:中野テアトルBONBON
🎟:A席3900円
*A席応援チケット4900円
*S席(最前列)5000円
*S席(最前列)応援チケット6000円
💺:全席自由
⏰:約120分
御予約⬇️https://t.co/l1LXNYkbKy pic.twitter.com/5KjdxiwCIz
※now playing
あのとき何を聞いていたかなって考えたら、もうRadioheadしか思い浮かばなくて
"In Rainbows"でも"OK Computer"でも、たぶん"KID A"でもなく
"Hail To th Thief"を聞いて、迷子になっていたと思う。確信的な迷子に
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![松永ねる](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9007090/profile_8253428c1ba51a9498681ccaadf35015.jpg?width=600&crop=1:1,smart)