タピオカミルクティーの、やさしい記憶
友達が置いていってくれた甘いミルクティーを飲みながら、ふと思い出す。
一度だけ、
人生で一度だけ、タピオカミルクティーを飲んだ、あの夜のこと。
*
原作者が友人という、ただそれだけの理由だけで、2019年に放送されたアニメ「ギヴン」のバンド関連の楽器等々の監修作業をさせていただいていた。
「ライブのときの照明について、資料が欲しい」とお声かけいただいたので、
わたしは、町田プレイハウスのマツムラに連絡をして、営業がない夜の日程を押さえていた。
照明のことを伝えるならば、「実際に曲を流して、照明をつけている動画」が、1番わかりやすい。
わたし自身、20代の大半をライブハウスで過ごし、照明は主な業務の一つだった。
上を見たら、わたしよりすごい人がたくさんいるのはわかっているけど、「照明」の仕事は、わたしが人生で唯一得た「手に職」かもしれない。
照明には、基本的なルールみたいなものがあって、わたしはそれを先輩から教えてもらった。
わたしはプレイハウスのシステムや、照明の種類を確認して、「こんなイメージでどう?」と提案をする。
試しにつけてみて、確認して、また歌詞を見て、「1番と2番は、こんなふうに差別化したらいいんじゃない?」と話し合う。
マツムラとわたしも会話は結構平和で、お互いの提案に対して「それもいいね!」と言いながら、ブラッシュアップを繰り返していった。
何度もやって、何本も煙草を吸って、
最終的なイメージを固めたあと、マツムラに照明をつけてもらって、録画したあの夜のこと、わたしはずっと忘れない。
実はこの作業のさなか、追加の連絡をもらっていて「新しい話をできるだけ早めにチェックして欲しい」ということだった。
わたしは終電を確認して、マツムラに「できれば一緒に確認して欲しい」と伝えた。
照明だけで終わる予定だったのに、急に次のチェックが入って、時間も限られていて
わたしたちはわたわたと、チェックをしてゆく。
そして慌てて、チェックした内容をまとめて提出する。
とにかく、慌てていた夜だった。
脳みそをフル稼働させて、わたしたちは必死だった。
*
作業が終わる直前か、終わったあとだったか、覚えていない。
だけど確かに、その瞬間プレイハウスのドアが開かれた。
入ってきたのは、プレイハウスの常連っぽい男の子で、わたしは会ったことがなかった(たぶん)
彼は、マツムラと少し話したあと、すっといなくなった。
わたしはそろそろ終電の時間だったので、荷物をまとめて、慌ただしく去ろうとしたところだった。
「これ、どうぞ!」
戻ってきた男の子が差し出してくれたのは、タピオカミルクティーだった。
「女の人は、みんなこれ好きって聞いたんで!」と、ニコッと笑っていた。
見ず知らずの男の子なのに。
わたしのこと、何者か知らないだろうに。
わたしだって君のこと、知らないのに。
なぜか、わたしの分のミルクティーも買ってきてくれた。
びっくりして、
でもなんだか、すごく嬉しくて
でも時間がないから、「ありがとう!」と何度も言って、わたしはプレイハウスを後にした。
*
ぼろぼろになって家に帰って、わたしはタピオカミルクティーにストローをさした。
流行っていたことは知っていたけれど、なんだか縁がなくって、1回も飲んだことがなかった。
ナタデココとか、タピオカとか好きだから、好みの飲み物だって知っていたのに。
わたしは、その瞬間まで、「タピオカミルクティーの味」を知らなかった。
「おいしい、」とつぶやいたわたしは、もう半分泣いていたのかもしれない。
「プレハで、知らない男の子がくれたんだ」と、
「よくわからないけど、すごく嬉しかったんだ」と聞かされた同居人も、よくわからない状況だったと思う。
でも、言葉の通りだった。
これが、わたしにとって唯一の、タピオカミルクティーの記憶だ。
*
だからわたしは、タピオカミルクティーを「美味しい飲み物」だと思っている。
やっぱりあれ以降、飲む機会はなかったから、すっかり忘れていたんだけど。
甘いミルクティーを飲んで、なんだか思い出しちゃった。
あのときの男の子に会ったら、お礼を言いたい。
タピオカミルクティー、美味しかったよ。
君は知らないと思うけど、あの夜さ、実は結構たいへんでさ、それを褒めてもらえたみたいで、なんだかご褒美もらえたみたいで、すごく嬉しかったよ。
ほんとうに、ありがとうね。
君がしてくれた、ささやかなやさしさが
1年以上経ったいまでも、やさしい明かりを、灯してくれているよ。
【photo】 amano yasuhiro
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(写真は、町田プレイハウスの階段。当時は、この階段を見ながら、たくさん煙草吸ったなあ)