ティーバッグも、ゴールデンだから
彼となぜ、そんな話になったのかは覚えていません。
もう何年も前で、話したのは音楽スタジオのロビーでした。
話したのは、紅茶のことでした。
わたしたちは大抵、練習しながら何かを飲みます。
周りの何人かは、わたしと同じように煙草とコーヒーを愛しています。
彼は煙草を吸いませんが、
「美しさ」を愛する人だったのだと思います。
あと、料理が好きな人だったと記憶しています。
「コーヒーは、ペーパードリップしてるんだ」
「紅茶も飲むよ。ティーバッグばっかりだけどね」
わたしのことだから、そんなことを口走ったに決まっています。
どうせ、缶コーヒーでも飲みながら。
「ティーバッグも、ゴールデンだからね」
彼がこう言ったことだけ、わたしはいまでも覚えているのです。
*
ゴールデン、というのは「ゴールデン・ドロップ」のことだと、わたしは理解しました。
お茶は、最後の一滴にいちばん味が濃縮して、美味しいのだと。
その一滴のことを、ゴールデンドロップと呼び、大切にするのだと。
ゴールデンドロップの存在は知っていましたが、ティーバッグでお茶を適当に淹れるわたしには、関係のないことだと思っていました。
そうか、このひとはティーバッグのときもゴールデンを大切にしているのか。
と、なぜだか感慨深くなったものです。
ほんとうに、なぜだかわかりませんが。
*
いまでも時折、このことを思い出します。
相変わらず、最後の一滴まで大切、なんていう丁寧で美しい生き方はできませんし、ティーバッグでお茶を淹れるばかりですが。
ティーバッグを引き抜く、その瞬間に
「紅茶も、ゴールデンだから」
そう思って、一息置くようにしています。
結果的に最後の一滴が、シンクに落ちても気にしません。
その一息が、少しの丁寧さが、やさしい思い出が
今日のわたしにも、とても大切なものだと思えています。
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