見出し画像

あの街は、げんきですか?

仕事しているときの何割かは、仕事が終わったらなにしよう、と考えている。
考える間もなく、もうダメだから今日寝ようとか
でも退勤するくらいにはわくわくしちゃって、結局予定通りに行かなかったり
ライブの前にはまじめにスタジオを取ったりしている。

じゃあ、ここ1ヶ月は仕事何してたの?て聞かれてもあんまり即答はできない…
散歩したり本屋に行ったり掃除と洗濯をしたり、

べつになんでもない毎日だけど、わたしが退勤後の時間に情熱をかけているのは確かだ。

都内で働くようになって数年、
定期を手にして数年、
定期圏内の主要な駅には結構降り立っていて、寄り道するコーヒー屋の数は五箇所以上になる。

それぞれの駅に、それぞれのお店とコーヒー屋と本屋があって、
わたしは気分で降り立つ駅を選ぶ。

今日は、S駅だと思った。
そういえば、S駅の本屋だけ最近行っていないし、買うわけでもないのに洋服を見るのもこの駅が好きだ。
去年の今頃は試験勉強でかなり通ったのに、ここのところ、ここのスターバックスにはご無沙汰だった。
そのことに気づいてしまったので、なんだか薄情なやつになった気持ちがした。

だから今日は決めていた。S駅だ。
だから、「今日はどこいくの?」と訊かれたときにも、迷わずに答えた。
「S駅ですか…」わたしに尋ねたのではない、別のひとがつぶやいた。
そうだ、彼女の地元はこの路線だと聞いていた。
結婚して、いまは別の路線に住んでいることも知っている。

「高校がね、その駅だったんですよ…」
そういえば、駅の近くに学校がある。
「ああ、なんだか品の良いイメージの…」
比較的民度の高いイメージの駅だったので、わたしはそう思っていたが
「いや、ぜんぜん、ぜんぜんそんなことはないんです」と、彼女はいつもの調子で答えた。
そして、こう続けた。

「あの街は、げんきですか?」

言葉にしてみるとなんだか不自然だけど、わたしは「げんきだ」と即答した。
スターバックスには少しご無沙汰していたけど、何度も足は運んでいた。
いつでも明るい駅だった。
駅はみんな明るいんだけど、この駅のひかりはきいろっぽくて、なんだか他よりあたたかい印象だった。

わたしの回答に、彼女がいつもの笑みを浮かべたのか、「そうですか」と頷いたのか、もう思い出せないけど
げんきだ、と返すべきだと思った。
べつに嘘の気持ちじゃないし、うそじゃないし、
げんきだ、と伝えたいと思った。
彼女がこの街で制服を着ていた頃の姿を知らなかったとしても。

あの街は、げんきですか?
あの言葉は、しっくりと覚えている。
わたしはせつなくなっちゃうから、昔住んでた場所のことはあまり思い出さないし、
そもそも、家がなければ行かないような場所に住んでいた。

さすがに、十代の大半を過ごした静岡駅付近を歩いてみれば何か感じるだろう、と去年あたりに試してみたが、
びっくりするくらい、なんとも思えなかった。
あのときわたしは、どこへ行ってたんだろう。
静岡が元気だったか、わたしには回答ができない。

そういえば、従兄弟に会ったときに、今わたしが住んでいるところの近くのスタジオを使っていた、と言われた。
相変わらずだよ、あのスタジオは、と答えた。
従兄弟はにやにやと笑っていた(もともとそういう笑い方のひとだ)
それもなんだか、いい気分だった。

あの街はげんきだよ、というのは
たぶん、いま自分が根付いているところだから回答ができるのだ。
だから、静岡が元気はたぶんこの先もずっとわからないけど、

この街と、近所のスタジオが元気なことは、やっぱり間違いないと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

松永ねる
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎