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ここにあるのに、どこにもない
今日はコメダ珈琲に座っている。
昨日、本を読むためだけにコーヒー屋に立ち寄るということの「良さ」に気付いたわたしのリュックサックには、新しい本が入っていた。
昨晩のうちに、本棚の前で10分間仁王立ちしたあとに選んだのは、鷺沢さんの「ウェエルカム・ホーム!」だった。
ほんとうに、すごく久しぶりに読んでみよう、と思った。
今日はせっかくだからばんごはんを食べよう、と意気込んで座ってみることにした。
ピザトーストとグラタンと悩んで、ピザトーストにした。
やたら感じの良いお兄さんがコーヒーとピザトーストを運んできてくれた。
お兄さん、なんて言っても、わたしよりずいぶん年下なんだろうな
「食べきれなかったらお包みもできますよ」と、彼は笑顔で言った。
コメダ珈琲のピザトーストはデカい。
デカさ以上に腹に溜まる
ということを、わたしは知っていた。
わたしのからだは小さく、たくさんものを食べるようには見えなかったのだろう。
いや、この親切なお兄さんは、誰にでもそう言っているのであろう、いやわからない。
ただ、そんなことを言われたわたしは少し動揺してしまった。
「これ、食べ切ったら、チビのくせによく食うオンナ」と思われるのではないか。
頭をよぎったその思いは、ピザトーストを半分食べ終わるまで消えなかった。
奇しくも小説の中では「父子家庭に参加しているシュフ」という三十代男の主人公が、
自分の置かれている環境に、頭を悩ませているところだった。
男のくせにシュフ、自分の稼ぎでは食っていけない、ひとには理解されがたい父子家庭への参加…
そして本を読むわたしは、「チビのくせによく食う」なんて思われてしまうかもしれないなんていう、小さなピンチにさいなまれている。
そういえば、
本を置いてピザトーストを切っているときに、彼女の話を思い出した。
彼女は背が高い。ハイヒールを履けば、170センチ近くになる。
なぜこんな話になったか覚えていないが、「わたしなんかさあ」と切り出したときのことだ。
「お酒飲めないっていうだけで、タイヘンなんだよ……」
彼女が言うには、背が高く、いかにも「お酒が飲めそう」な風貌なのに、
ほとんど全然飲まない、ということを理解されづらいのだという。
「えええええそんなことあるのー?」と返したが、
そういえば、最近よく見ている孤独のグルメというドラマでも、主人公のゴローさんは背が高く体格もいいのに、一滴もお酒を飲まない。
「お酒を飲まないんですよ」と言うたびに、「いやいやウソでしょ」と
そういえば言われていた。
わたし自身はほとんどお酒を飲まないわけだけど、
「わたしは煙草だけで」というと、「へえそうなんだあ」とだいたい引き下がられる。
それを思い出したとたん、
「いいじゃん、べつに」と思った。
いいんだよ、チビで大食いだって、背が高くてお酒が飲めなくたって、
父子家庭のシュフだって、
うだつのあがらないアルバイターだって、
新曲が書けないミュージシャンだって、
料理ができないオンナだって、
べつに、そんな、
誰かと比べたって、どうせ、いいんだよ
いいんだよ、と鷺沢さんはそう言ってくれた。
10年以上前に、
彼女はこの小説を遺してくれた。
いまよりももっと、他人と違うことが難しい時代だった。
そしてわたしが、感じのいいお兄さんに、大食いだと思われようと、
実際に思うかどうか、結果がわからない以上はそれはファンタジーだし、
そう思われたところで、
なんか選んで、意味があるような気がして、好き嫌いがあって、
誰かのなにかじゃなくて、そういうので
いいじゃん、と思いながら、わたしはのんびりとすべてのピザトーストをたいらげた。
おなかは死ぬほどいっぱいになってけど、これでいい。
今日はばんごはんを食べよう、好きなものを外食しよう、と意気込んでここに座ったんだから。
いいじゃん、それで
なんていうか、誰にどう思われるかよりも、
もし気にするならば、大事なひとに、誰かじゃなくて君に、どう思われるかは、必要なときがくるかもしれないけれど。
フツーって、フツーってさ。
ここにあって、ここにあるような気がして、
でも、結局どこにもないもんだ。
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