新しいわたし
シャネルの口紅をもらった。
もらった、というと語弊がある。
友だちの部屋の「捨てようと思っているコーナー」に、それはあった。
わたしの何割かは、彼女からのお下がりで構成されている。
彼女が手放そうと思ったものは、一旦ストックされ、わたしの手に渡る。
わたしは新しいものがもらえて嬉しいし、彼女は「捨てる罪悪感」から逃れることができる。
わたしたちは、大変に幸福なウィンウィンの関係を、長いこと続けてきた。
*
彼女とわたしは、身体の作りまるっきり違う。
真逆と言っても良い。
彼女の髪は茶色く、わたしの髪は黒い。
彼女は背が高いし、わたしは背が低い。
彼女は「イエローベース」と呼ばれる秋のような深い色が似合う肌をしていて
わたしは反対のブルーベース。とにかく、赤みの強い肌で、青みのある色が似合う。
「化粧品やネイルは、わたしたちのうちどちらかは必ず似合う」と、ふたりでよく言っている。
肌の色が真逆だから、似合う色も真逆だった。
*
バーガンディーの口紅を手に取ったとき、わたしは悩んだ。
バーガンディー、
ごく暗いこの赤は、彼女に似合う色だった。
わたしは少し苦手な色だということは彼女も理解していたので、「これは捨てるつもり」と言っていた。
わたしは少し悩んで、「やっぱりちょーだい」とお願いした。
自分では絶対買わない色だから、この機会にほんとうに似合わないかを試してみたい。
もともと捨てる予定だったんだから、似合わなければ罪悪感を持てずに捨てればいい。
わたしはシャネルの、バーガンディー色の口紅を、持ち帰ることにした。
*
ダメだろうな、と思っていた。
自分の似合う色、については理解しているつもりだった。
似合う色を使うことが正しい、というわけではないけれど
きちんと似合う色を使っていると、顔全体がきちんと元気に見える、という事実は確かにある。
わたしは、おそるおそるバーガンディーを唇に当てた。
そして、驚いた。
思ったほど、悪くない。
きちんと、わたしに馴染んでいる気がする。
これは、良い。驚いた。
「口紅を塗っています」みたいな感じがしすぎずに、でもわたしの顔はぱあっと明るくなった。
これを、求めていた。
そんなまさか。
でも、事実だった。
*
最近ではこの口紅が、いちばんのお気に入りになった。
いちばんのお気に入りなんていうのは、定期的に入れ替わるものだけど、いまはこれがいい。
あのとき、捨てなくてよかった。
おかげでわたしは、新しい自分を知ることができた。
わたしは毎朝「悪くない」と思いながら鏡に向かってほほえみ、シャネルの口紅を握りしめている。