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深夜のフィナンシェ

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書いてみた短編小説と、小説っぽいもののまとめマガジンです。
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2023年7月の記事一覧

ろくでもないサイコロ

「だいじょうぶだよ」と言う。 目の前のおとこは、やさしく笑う。 にんげんの、人生の、一体何パーセントが”大丈夫”なのだろう。 「大丈夫な人」と「大丈夫じゃない人」がいるわけじゃない。 「大丈夫な状態」と「だいじょばない状態」があるだけで、それは等しくなくとも皆に訪れる。 このおとこは、「だいじょうぶだ」と言いすぎている気がする。 言わせすぎているのは、わたしだ。 もう、「やむを得ない」のか、ただ甘えているだけなのか、わからない。 勤務時間がぐっと減って、家にばかりいるわた

非日常と海

海は、いつでも特別だった。 静岡の山奥の、川のとなりで育った。 泊まりにきた友達が明け方に、「雨が降っているの?」と尋ねてきて、驚いたことがある。 それは川の流れる音で、毎朝当たり前に聞こえるものだった。上流から下流に、言葉通りに流れてゆく。 上流の石は大きく、下流まで流れた石が削れて小さくなっていることを、本能的に知っていた。 小さな川は雨で茶色く濁り増水し、晴れが続けば干上がる。 それでも、決まったスポットでは大抵深い水が溜まって、夏はそこで泳いでいた。 蔦に捕まって