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【学級経営】「教える」立場の人間がおちいりがちな罠とは。

落ち着いている風のキャラを完全に演じ切っているJUNです。

人並みに喜怒哀楽はあるのですが、どうやら伝わりにくいらしい。

そんな特性が向いている職業もあるのですが、「教師」に当てはめてみると「それはだめなのでは・・・。」と思いつつ、考えないことにしましょう。
#考えすぎはよくない

本日は、そんな話題。

「考えないようにしよう」と書いたばかりですが、「よくよく考えて判断基準をもっておいた方がいいよ!」という自分を戒める回でございます。
#おなじみの

特に大人と子ども、先生と子どものように、必然的に「教える」立場になりやすい人は、心の隅に留めておいた方がよい内容ですので、ぜひとも、読んでみてくださいね。

▼「教える」側の人間がおちいりがちな罠とは。

さて、僕たちをどんな罠がおそうのか。

この罠からは、人間である限り逃れることはきませんよ。

そう、

「感情」

という名の罠からは!

もちろん、子どもに関わる職業柄、大人同士と接するときよりは、僕でさえ2.5倍くらいのテンションぶち上げで立ち回ります。

子どもたちも、そのテンションについてきてくれたら、嬉しいですし、充実感も得ることができる。

まさに、「感情」様様ですよね。

しかし、この「感情」は常に「スイッチオン」ではいけません。

ときに、「スイッチオフ」で「サポートロボット」のように行動した方がよいこともあるのです。

子どもたちと接していて「いつロボ化すべきか?」。その答えは、

「子どもへの指導中」

なのです。

例えば、けんかがエスカレートして、友達に暴力をふるってしまったと。

あなたは、どのような指導をするでしょうか。

きっと、事情を聴き、それぞれの気持ちを受け止めつつ、しかし、「暴力」という手段はよくないぜ!とアドバイスするのではないかと思います。

しかし、ここでその子どもさんが、

「うるせ~なぁ。」

と、にらみをきかせてきたらどうでしょう。

あなたならどのような対応をするでしょうか。

もはや、問いかけたものの、僕自身も「はい、これが正解で~す!」というものはもち合わせておりません。

しかし、「不正解」はもっています。

しかししかし、その「不正解」が非常に見えずらい。そして、「自分」では分からない。ただ、この記事を読んでいる読者さんには伝わることを信じ、「不正解」を書いておきます。

それは、

「より攻撃的な指導」

です。

乱暴にまとめれば、その反抗的な態度について、さらに高圧的にふるまってなんとか丸め込もうとすることは、よくないのです。

「なぜか?」の判断基準を書いておきます。

このお話の中で指導にあたってくださった先生の気持ちの振れ幅を考えてみてください。

きっと、最初は「子どもの気持ちを聴くことって大切だよね!」というスタンスで冷静に指導に専念していたはず。

しかし、その指導方針を変えたのは、先生からアドバイスされた子どもの対応を受けてからです。

ここに、「感情」が紛れ込んでいたらアウト。

フラットに、指導を始めたときと同じ気持ちであればセーフです。

どういうことかと言うと、

「最初は、『指導』だったものの、反抗されたことにより『個人的な感情』で子どもに指導にあたる。」

という変遷を経ていたら、アウトなのです。

分かります。「感情」をはさまないことは難しい。

そして、「教師」という職業は、さらに難しい。

だからこそ、常に「今子どもたちに話している内容に個人的な感情が入り込んでいないか。」というチェックポイントをもっていないといけないのです。

▼まとめ。

本記事では、「子どもに指導するときこそ、冷静に!」という内容をまとめました。

「教師」という職業柄、「冷静」になれないのは、「子どものため!」という責任感のたまものだということは分かります。

しかし、一人の「教師」が、できることには限りがあるでしょう。
#前向きな意味で

そう考えると、「子どもたちに僕ら大人ができることって何だろう?」という深みにはまっていくのですが。

ぜひとも、「指導するときほど冷静に」というポイントは、忘れずにいたいものです!!


本当に必要な「教育」について、共に語り合いましょう!!


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