韓国人ラッパーWooの新曲から見る韓国のヒップホップシーンについて
2017年のヒップホップサバイバル番組「SHOW ME THE MONEY」のシーズン6に登場したWoo(우원재)。一般人として出場し優勝はならなかったが3位という結果を残し、今では韓国のヒップホップシーンを支える1人となっている。そんな彼を一躍有名にしたのが『We Are(시차)』である。元々は同番組の最終ラウンド用の曲として準備されていたが番組終了後の同年2017年にLocoとGrayを客演に迎え大ヒットを記録した。それをきっかけに韓国のヒップホップアーティストが多数所属するAOMGに加入した。2024年4月、彼は長年共にしたAOMGを去り、5月21日にAOMGとの契約終了後、初の新曲を発表した。今回はその新曲から彼の音楽ジャンルについて掘り下げていく。
まずは今回の新曲『29』の歌詞を紹介する
AOMG退社後、初の新曲となる『29』だがWooにとって何か節目のようなものを感じる曲である。曲の中には、2020年にリリースしたアルバム『Black Out』の『USED TO』のサンプリングが入っていたり、共にAOMGで過ごしたLOCO、コクン(Code Kunst)、サムディ(Simon Dominic)、ソンファ(Gray)などの名が挙がっている。GrayはWooと同じ2024年3月にAOMGを退社、Code Kunstは同年4月に退社をした。
退社をしてからも형들(日訳:兄さんたち)の名前を入れることでラッパーとしての位置を確立するきっかけにもなった方々への感謝、そしてAOMGへの愛を感じる。思慮深いWooらしいリリックだ。AOMG退社後に投稿したインスタグラムでWooはこう綴った。
リリックにも甥っ子、金などがあるようAOMG退社、当時のWooの葛藤や思いが書かれたものであることが想像できる。Wooは以前、「W Korea」という韓国の雑誌のインタビューで曲の制作過程の話をしたことがある。その際も、日記のように音楽にその日、その日のことを記録する。各曲がその時書いた自分の姿の様だと話している。(2020 W Korea) キーワードになるのはやはり「思い出」ではないだろうか。SHOW ME THE MONEYから登場し瞬く間に売れっ子になり、来年30歳になるWoo。そんな彼の人生を表したある種の区切り目になる曲であろう。
ここまで新曲『29』についてみてきたが、もう少しWooの音楽性について掘っていきたい。2017年のSHOW ME THE MONEYに出演した際、WooはSwagみたいなものじゃなく自分の話と自分の状況だけ話したいと言った。そのスタイルは先ほどまで見てきたように売れた今でも変わらない。元来、ヒップホップは黒人の若者らの文化の中で生まれた音楽であり、そういうベースがない韓国、もちろん日本においてもラッパーたちの中で様々な葛藤を生んだと思う。ヒップホップはSwagじゃなきゃというラッパーも韓国には多くいるが、本当に大事なのは自身を表現していくことでありWooのスタイルはそこに上手く合致したのではないだろうか。SHOW ME THE MONEYに出演し、私が一番衝撃を受けたのは『ZINZA』だ。リンクを張るので一度全員に聴いてほしい。SHOW ME THE MONEY準決勝、順調に勝ち進み段々と名をはせてきた当時の等身大のWooが歌詞に表れている。かっこよくラップをするのではなく自分の話を吐き出すように作られたこの歌は多くの反響を呼んだ。また、Wooを語るうえで外せないのが『We are』という曲である。先述したように同番組の最終ラウンド用の曲だったが番組終了後にリリースしYoutubeの再生回数は今では500万を超えている。番組中に見せた、独特の暗いフロウと攻撃的なビートとは異なり、『We are』は非常に大衆受けしそうな曲である。メロディーも明るく前向きな歌詞も目立つ。その中でもWooの多大な努力を歌詞から読み取ることができた。明るい曲も暗い曲も自身の色の曲にすることができるWooに脱帽だった。ただ少し皮肉だなと感じたのが、キャッチーなメロディーを使用したことでやはり大衆受けはよく、普段ラップを聴かない人でも聴きやすい音楽にはなっていたが、SHOW ME THE MONEYのWooを見ているとこれが本当に正解の売れ方だったのかなと思う。実際に今回の新曲『29』にも「賞をもらった時の鋭い目」と書かれているように当時のWooにも何か思うことがあったのではないかと推測する。そんな葛藤が書かれたのが番組終了後に出した『Anxiety』というアルバムだ。人気になったWooの心情や周りの様子がとげとげしく書かれている。Wooの音楽をリリース順に聴いていくと彼の日記のようにその当時の感情が分かり、どういう流れで今のウ・ウォンジェという人間が作られていったのかが分かり非常に面白い。これはやはりSHOW ME THE MONEYのインタビューで答えていた様に自分の話と自分の状況を伝えるというWooのスタイルに起因するのだろう。
Wooの音楽を見てきて分かったように、韓国のヒップホップシーンにおいてヒップホップというカルチャーと大衆音楽が衝突することが分かる。SHOW ME THE MONEYを見ていると明らかに昔よりシンギングラッパーが増え音楽もより大衆に向けたものが作られるようになった。そもそもヒップホップを大衆音楽にしたのがSHOW ME THE MONEYではないだろうか。誰もが見れるテレビ番組にてヒップホップのサバイバル番組を放送する。エンターテインメントとしては新しい視点からの最高の事業になったが、韓国のヒップホップシーンを変化させた要因(もちろんいい意味でも悪い意味でも)の1つなのではないかと感じる。韓国の文化であるK-POPアイドルも、K-POPのなかでラップを担当する者はラッパーの中ではラッパーと呼ばれない。SHOW ME THE MONEYにアイドルラッパーが出演することが多々あったが毎回怪訝な目で見られているのが事実だ。それはそれぞれの土台が違うから衝突が起こってしまうのはしょうがない事だとは思うが、その中で新しい音楽ジャンルが確立していくことを願う。その筆頭になっていくのがWooなのではないだろうか。『We are』のような大衆向けの曲でも等身大の自分を表現し自分のスタイルに落とし込んでいくことができるWooならそれが可能だと感じる。SHOW ME THE MONEYが終了し、韓国ヒップホップの絶対的存在「Jay park」が韓国の大手音楽レーベル、H1ghr music、AOMGの代表から退いた今、韓国のヒップホップシーンは非常に重要な過渡期である。そんな中、長年いたレーベルを去り新しい道を進もうとしているWooに期待を乗せながら応援したい。