マリみてSS「Rain lily」「Knight star lily」「Snowdrop」
【Rain lily】
こんなはずじゃなかったのに。
今日の天気予報は、晴れではないが曇り止まりだったはず。
私、福沢祐巳、一生の失態。
まぁ、一生の失態なんて言って、色々やらかしてはいるけれども…
「コンビニで傘でも買っていきましょう」
ハンバーガーチェーン店をクリアした祥子さまは、もうコンビニエンスストアのも抵抗がないようだ。
お嬢様道があるなら、確実にその道を踏み外している。
そして、踏み外させたのは、他ならぬ自分ではある。
久々にお姉さまと休日デート、と思い立ったのに、何たる仕打ち。
とはいえ、他に方法もない。
私達は近くのコンビニに入った。
「一つしかないわね…」
大人用の大きめのビニール傘が、一つだけ。
残りは全て売り切れてしまっているようだ。
これは、参った。
祥子さまもため息一つついた。
「お入りなさい、祐巳」
思いがけない一言。
これって。
「相合傘…ですよね」
「これしかないでしょう?我慢なさい」
雨が降る。
ビニールの地に当たる雨音。
外の静けさ。
すぐ近くに、大好きな祥子さまの息遣いを感じる。
「雨も、いいものですね」
「そうね」
あの雨の日に別れてしまった私達の心は。
今はもう、繋がっている。
「もう少し近くに寄りなさい、濡れてしまうわよ」
そう言って、祐巳の肩を引き寄せる祥子さま。
少し見上げて見える祥子さまの横顔は。
赤くなっていた。
それを見て、私は。
少し恥ずかしいけど。
いっぱい、嬉しいんだ。
【Knight star lily】
気が重い。
気が重い。
分かりきっていることではあったが、それを自認してしまうことは避けたかった。
それでも、認めざるを得ないわけで。
だから、気が重いのだ。
「お姉さま、へこむのは構いませんが、その重い空気を薔薇の館にまで持ち込まないでくれませんか」
我が妹、菜々が言い放つ。
この子はいつもこうだ。
令ちゃんと違って、遠慮がない。
事実の指摘、と言えるのだが。
全く、可愛げがない。
「そりゃあそうだけどさ…」
今日の部活は、全く良いところがなかった。
下級生。
それも入部したての初心者に負けるなんて。
自分も初心者に毛が生えたようなものだと分かってはいるのだが、それはこの際関係ないのだ。
勝負の舞台に、先輩も後輩もない。
勝者と敗者、それだけだ。
そういう世界だということは、私だってよく知っている。
つもりだった。
令ちゃんは、負けなかったから。
いつも勝つ、由乃のヒーロー。
だから、自分も鮮やかに勝てるんだと。
なにか、期待していたのだろうか。
なにか、勘違いしていたのだろうか。
「だからってさあ…」
負けるのは偏に自分の実力不足であって、言い訳なんてしようもない。
だから、堪えるのだ。
「お姉さまは、ただ上を向いてれば良いんですよ」
「えっ?」
「下を向いているのが、島津由乃なんですか?」
「そうよね…!」
いつもイケイケ、青信号。
それが島津由乃じゃないか。
「よし、練習頑張って、菜々だって倒しちゃうからね!」
ポコリ。
丸めた教科書で、菜々が鮮やかに私の頭を叩く。
「それには…まだまだですね」
菜々がニヤリと笑う。
やっぱり…
可愛げがない妹ですこと。
【Snowdrop】
雪を待っていた。
多分、あの時から。
ずっと。
クリスマスの夜は、世間が浮つき。
私の心は、チクリと痛みだす。
(傷は癒えるのだ、か…)
お姉さまが巣立っていかれたあの日、私はたしかにそう誓った。
はずなのに。
私は、今も、M駅で。
待っている。
「どうかなさいましたか?」
かれこれ小一時間、ベンチから動かない私を不審に思ったのか、駅員が話しかけてきた。
「いえ、待ってるんですよ」
あの時と違い、今はこうやって作り物の笑顔を返すことができる。
それは、成長なのか。
それとも―
「雪を、待ってるんです」
栞と引き裂かれたあの時から、多分きっと待っていた。
音もなく降り積もり、消えていくだけの存在に。
なりたかったのかもしれない。
「やっぱり、ここにいたのね」
聞き慣れたその声を。
私は、待っていたのかもしれない。
「蓉子には敵わないな」
傷心の自分を見抜かれていることへの怒りの感情もなく。
それを敢えて口に出さない蓉子の優しさを感じ取れるのも。
成長、なのだろうか。
「身体、冷えてるでしょ」
頬に温かい感触。
缶のホットココア。
「ありがとう」
予報では、あと少し。
「あ、雪…」
「これを待ってたんだよ」
雪が降る。
白い粒が、私の足跡を消し去るほどに。
積もったなら。
「帰ろうか、蓉子」