マリみてSS「Pudica」

お題:未来の白地図(2022/01/19)

子供の頃、戯れに植物を触っていた事があった。
ある植物は、私が触れると葉を閉じてしまった。
照れ屋さんなんだから。
そう、思っていた。
今は違う。
あれは、明確な意思。言葉にするなら、きっと。
拒絶―

人は、なるべくして、その人になる。
私は祐巳さまの家をお邪魔してから、心の底からそう思った。
あの家には、高価な調度品など何もなかった。
でも、暖かかった。
心があった。
それは、私の家の、一つ崩れてしまえば崩壊してしまうものとは、全く違うものだった。
あの日の家出によって、私は、自ら手放したのだ。
幸せの青い鳥は、自分の手元にあったのに。
私は鳥籠を開け放ってしまったから。
今更鳥籠を閉めたって、もう遅い。
幸せの青い鳥はもう、いないのだ。
(こんなはずじゃなかったのに)
誰も私の心は理解してくれなかった。
松平の家を継ぐことで、私はやっと松平瞳子になれるはずだった。
なのに。
同情の言葉だけが私に投げつけられる。
―瞳子はお前の人生を生きなさい。
心の温度が失われていく。
心が閉じていく。
小さい頃、戯れに触れたあの葉のように。
誰も私を理解してくれないなら。
誰も私に触れないで。―

そして今、この薔薇の館にも温かい世界があった。
萌える若葉のように、その輝きを受けて、彼女たちは育つのだろう。
だから、葉を閉ざした私は、ここにいてはいけない世界なのだ。
扉を閉める。
背後から気配がした。
しかし振り返らない。
私は葉を閉ざしているのだから。

その人は、私に憐憫をくれた。
私の出自を知ったからか。
誰が伝えたのか分からない。しかし、誰でもよかった。そんなものはどうでもいい。
まただ、と思った。また世界は、私の事をわかってくれないのかと。
怒りは絶望になって。
「申し訳ありませんが、私はセーラのようないい子じゃないんです。聖夜の施しをなさりたいのなら、余所でやってください」
絶望は諦めに変わる。
「とにかく、そのロザリオは受け取れません。戻してください」
葉が閉じる。私の心も閉じていく。
「失礼します」
お辞儀をして、私は去る。
全ての感情に蓋をして。

私は歩く。
ふと思い出す。
そういえば。
あのときの植物の名前は、確か。
オジギソウ―

あとがき
タイトルはオジギソウの学名で、ラテン語で「内気な」という言葉なんだとか
花言葉は「感受性」で、この頃の瞳子にぴったりな気がしますね

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?