マリみてSS「Warm Welcom」
お題:細川可南子(2020/06/24)
「あの、本当に私にご用ですか?」
可南子は自分を呼び出した人物を目の前にしても、そう言わずにはいられなかった。
「ええ。私が細川可南子さんをお呼びした。間違いなくてよ」
誰かに呼び出されるというのは経験がないわけではないが、流石に目の前の人物に呼び出される理由は思い浮かばなかった。
「写真部のエース、武嶋蔦子さま」
「ご名答」
蔦子さまはポケットから茶封筒を取り出した。
「祐巳さんとの写真、要るでしょう?」
確かに先日、祐巳さまとのツーショット写真を撮影していただいた。
しかし、それを渡すだけならば、祐巳さまが渡しにいらっしゃるのではないか。
「警戒しないでよ。今回はオマケがあるの」
手渡された茶封筒の中には、祐巳さまとのツーショット写真の他に、もう一枚写真が入っていた。
「どう?良かったら貰ってくれない?」
そこには、祐巳さまに手を引かれ、小走りで駆け出している自分の姿があった。
スカートも、セーラーカラーも、髪の毛だってバサバサと翻っている。
それでも、とても良い写真だと、可南子は心から思った。
あの時私は、祐巳さまにははっきりと気持ちを伝えた。
妹にはならない、と。
それでも祐巳さまは私と写真を撮ってくれた。
祐巳さまは、「私が可南子ちゃんとの写真がほしいから」なんて言ってくださった。
その時気が付いたのだ。
私が初めて祐巳さまから感じた神々しい光は、闇を照らす光ではなく、暖かく包み込む陽だまりのような光だったのだ。
誰もを暖かく包み込む光。
「私は本人の許可なく隠し撮り写真を出さない主義なの」
それじゃあ、と言うと蔦子さまは、可南子の返事を待たずに去っていった。
可南子は頬の涙を拭うと、蔦子さまの背中に深く頭を下げた。
自分に向けられる、悪意なき厚意が鬱陶しかった。
親切の押し売りが、この上なく大嫌いだった。
でも今は、それが心地よく思える。
祐巳さまが自分の凍てついた心を溶かしてくれたように、時分も誰かのためになれるだろうか。
心に浮かんだのは、自分とよく似た、天の邪気。
心に何かを抱えて素直になれずにいる彼女は、過去の自分だと思った。
絶望しながらも、心のどこかで救いを求めている。
だったら。
時分では動けない彼女の手を引くのは、似た者同士の私しかいないだろう。
クリスマスイブの日。私と瞳子さんは、祐巳さまと志摩子さまに呼び出された。
例年、薔薇の館でクリスマスパーティーをやっているようで、よかったら参加しないかという事だ。
「今日…ですか」
私は困惑した。なにせ夕方から用事がある。前もって言ってくれればと思ったが、仕方がないことだ。
瞳子さんも困惑しているようだった。しかし、似た者同士の私には分かってしまった。
困惑のその原因は、私とは違うところにある、と。
今だ、と思った。ツーショット写真に躊躇している私の手を引いてくれた祐巳さまのように、この天の邪気の手を引くチャンスだ、と。
「夕方に用事がありまして、途中での失礼が可能なら。ね、瞳子さん?」
私は瞳子さんの手を取ると、大袈裟なまでに参加の意思表明をした。
「それでは、後ほどお会いしましょう」
ふと見ると、瞳子さんは深く一例をしていた。理由は分からないが、参加はしてくれるようだ。
自分が手を差し出しさえすれば、全ては丸く収まるのに。祐巳さまはきっと、全て受け入れて包み込んでくださるだろう。
まったく、世話の焼けることだ。可南子は心の中で苦笑したが、決して嫌な気持ちはしないのだった。
あとがき
「未来の白地図」で、クリスマス会に瞳子を積極的に誘っていた可南子。
その裏側とは?と考えて書きました。
事件の裏には武嶋蔦子あり?なんて。
ウォーム・ウェルカム。「温かい歓迎」のタイトルは、祐巳が可南子を暖かく迎え入れてあげた事が、可南子の気持ちを変えたこと。
そして、可南子自身が瞳子を暖かく迎え入れてあげる気持ちになった、という部分で表してみました。
凍てついた心を溶かす、福沢祐巳という人物。その凄さを少しでも感じていただけたら幸いです。
ウォーム・ウェルカム
分類:クライミング・ローズ
作出:デビッド・オースチン(英)