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マリみてSS「Rosa Chinensis "Mutabilis"」

お題:「レイニーブルー」(2021/06/09)

「祥子は聞き分けのいい子だね」
何度、その言葉を聞いただろう。
何度、心の内に飲み込んだだろう。
私の、本当の気持ちはー

体の痛みで目が覚めた。
どうやら、机に突っ伏して寝てしまったようだ。
そんなはしたない真似、いつ以来だったか。はたまた、初めてか。
こういう浅い睡眠は、今自分がいるのが、夢か現か分からなくさせる。
それでも、心の痛みだけが、今いる場所を現実だと知らせてくる。
祖母が、亡くなった。
母の心痛が充分以上に伝わってきたから、私は母の代わりになるように努めてきた。
学校側にも伝えてあるから、かなり自由が利く身になった。
祖母の旅立ちを見送れたのは、良かったのだと思った。
祖父も父も、全員が揃って見送った。
どことなく、満足そうな顔に見えたのは、気のせいではないと思いたかった。

「着替えないと…」
この後のスケジュールは全て頭に入っている。
祖母を見送る、最後の葬儀。
部屋を出る前に、忘れ物がないかを確認する。
すると、ベッドの上に、チカっと光るものが見えた。
「あっ…」
いつ外したのか分からない、ロザリオがあった。
駆け寄り手に取ると、肌の温度がなくなった、冷たいロザリオがそこにあった。
「いつの間に外したのかしらね」
苦笑する。
いつだって肌見放さずつけていたのに。
ロザリオを手に取ると、祐巳の声が聞こえたような気がした。
祐巳には本当に気の毒なことをしたと思う。
それも今日までだ。
この葬儀が終われば、全てを話して詫びよう。
祐巳の好きな所に、どこだって行こうじゃないか。

ーユミハ キキワケガイイコデ タスカルワ

気付いてしまった。

ーサチコハ キキワケガイイコデ タスカルナ

あの子の声に、耳を塞いでいた?
笑った顔の、少しの影に目を瞑っていた?

それはかつて、私がされてきたことと同じではないか。
「なんとか…なんとかしないと」
震える手で子機を手に取る。
ダイヤル?
誰に?
今は学校にいる祐巳に、私の声は届かない。
あの時心から悔しみ、憎み、悲しんだ私は。
今になって、それをしていたなんて。
「詫びる、って…どうしろっていうのよ…」
降りしきる雨の日に、私は祐巳を聖さまに託したけど。

ーテバナシタ?

そう。
私は。
祐巳の事をー

「もしもし、祥子?どうしたの?」
受話器の向こうから、大好きなお姉さまの声がしている。
それなのに。
声が出ない。
自分がした事の、その事実が、声を奪ってしまったのかもしれない。
そうだ。
私は、変わってしまったんだ。
私が嫌っていた、あの大人たちのように。
「祐巳に、嫌われた…」
もう、立っていられる気力もなかった。
冷たいロザリオの感触だけを感じながら、私はただ、その場にうずくまることしかできなかった。

あとがき
ロサ・キネンシス・ムタビリス。
作中では語られていない祥子さまの側から書いてみました。
引用符で強調している「ムタビリス」は、ラテン語で「色が変化する」という意味だそうです。

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