マリみてSS「Memoria」
お題:「桜」(2022/03/30)
桜の咲く、この季節は嫌いだ。
あの顔が思い浮かぶから。
胸の奥にある悲痛な気持ちを隠そうとして、隠しきれていない痛々しい笑顔を思い出してしまうから。
「ちょっと、水野さん」
「えっ?」
隣を歩く彼女―確か、川藤さんと言ったか―の声で我に返る。
「真面目グループで一番真面目な水野さんが、そんなんでどうするのよ」
川藤さんはそう言って笑った。
だから、私も愛想笑いをする。
リリアンを去って、もう何度の春を迎えただろう。
それなのに―
「水野さん、変わっているね」
少し後ろを歩く徳永さんがボソリと言った。
「そんなしかめっ面で桜を見るなんて」
私は首をすくめた。
「そう見えた?」
「うん」
「私の後輩にね、『桜は味が不味いから見るのも嫌だ』っていう娘がいたから、影響しちゃったのかも」
嘘は言っていない。
ただ、本心でもない。
「なにそれ?」
「その娘、正真正銘のお嬢様だったから。変わっていたのよ」
自分に嫌気が差す。
もう、自分はリリアンの生徒ではなくなっているはずなのに。
もう、聖はとっくに立ち直っているはずなのに。
もう、私は聖の痛々しい笑顔を見ることのないはずなのに。
いつだっただろうか。
舞い散る桜の中に佇む聖が、振り返って言った。
「蓉子、心配しないで。私はもう大丈夫だから」
一体なにが大丈夫なのだろうか。
そんなに痛々しい笑顔をして。
隠しきれない心の傷跡を、無理矢理隠して。
「聖…」
なんだか、私のほうが泣きたい気持ちになった。
「ただ、それだけのことよ」
脳裏に浮かぶかつての記憶を振り払うように言った。
過去は過去として、新しいことをしたくて進学したはずなのに。
「へえ、水野さんは、今でもその娘に影響されているんだ」
「…そうよ。すごく、ね」
今度も嘘は言っていない。
でもさっきより、本心に近い言葉。
窓の外には、満開に咲き誇る桜。
春は出会いと別れの季節。
別れたはずなのに。
記憶が、私と過去を結び付ける。
桜の咲く、この季節は嫌いだ。
あの顔が思い浮かぶから。
胸の奥にある悲痛な気持ちを隠そうとして、隠しきれていない痛々しい笑顔を思い出してしまうから。
メモリア
分類:切り花系品種
作出:原園芸