マリみてSS「Ange qui reve」
お題:「バラエティギフト」より「降誕祭の奇跡」(2020/08/11)
(ね、奇跡って信じる?)
これは、ボクが最初に聞いた言葉。
(天使はね、奇跡を運んでくれるの)
これは、ボクが二番目に聞いた言葉。
だからボクは、奇跡を運ぶ天使。
でも、奇跡は渡せなかった。
ある日、ボクはミカから別の人に渡されて。
ボクは動けないから、奇跡をあげられなくて。
ボクは箱の中に仕舞われた。
一年に一度、寒い雪の夜に、取り出される。
目の前の女性は、ただひたすらに謝っていた。
ボクは声が出ないから、泣かないでという事ができなくて。
動かない口では、慰めることができなくて。
動かない手では、涙を拭いてあげることもできなくて。
(何だ、これ。可愛いな。天使か)
(欲しい?)
(欲しい。車のマスコットにさ、こんなの探していたんだよ)
(じゃ、あげようか)
ボクは車に揺られている。
動かすことのできない手から、奇跡がこぼれ落ちないように。
そうして、季節が変わり、年が変わり――
(どうかな?)
(ここまでほつれも酷くなってくると、もうね…)
(よく保った方だよ。何十年だろうな)
服が汚れたら、新しいものを作ってくれた。
腕が取れたら、くっつけてくれた。
でも、もうボクは、この世界と別れなくちゃいけないんだ。
ああ、やっとミカに。
奇跡をあげられるんだ。
「ねえ、ミカ。奇跡って信じる?」
白い光に包まれたボクは、奇跡を手渡して言う。
「信じてるわ。それに…」
ミカは笑う。ボクを作ってくれたときと変わらない笑顔で。
「ずっと、見ていたから」
「そっか。じゃあ、これはあの子にあげないとね」
ボクは手に握りしめた奇跡を、そっと下に落とした。
「…美嘉さん?」
私は足を止め、空を見上げた。
空から聞こえたのは、忘れもしない、美嘉さんの声だ。
今日は私がリリアンを定年退職した日。
腕の中にある花束は、何も答えない。
それでも――
「私のことを、許してくれたの?」
冬の寒空は、何も答えない。
錯覚か。それでもいい。確かに聞こえたのだ。
ずっと見ていたよ、って。
アンジュ・キレーブ
分類:切り花系品種
作出:有限会社HANAプロデュース「エトル・ファシネ」