マリみてSS「Treful Rouge」
お題:「フレームオブマインド」より「三つ葉のクローバー」(2022/05/11)
自分で蒔いた種、とはよく言ったもので。
私は自分が孤立していることを、正しく自覚していた。
自らが蒔いた種が芽を出し、育ち。
気付いたときには、私の周りを覆い尽くしてしまっていた。
いや、気付いていた。
それでいて、見逃していた。
それは贖罪だから。
私に課せられた十字架だから。
今日もどこかで誰かが言っていることだろう。
―立浪繭には気をつけろ、って。
放課後を告げるチャイムが鳴り、今日一日の終わりを知らせる。
淡々とした、刺激のない一日が、今日もまた終わった。
放課後が始まると、クラスメイト達は各々自分のために、もしくは誰かのために歩みを進めていく。
彼女たちの一日が輝いているのは、誰かにもたらされたものなのではない。
自分で輝かせているんだ、と。
あの時気付いてから―
「ごきげんよう、繭さん。お疲れ様」
唯一私に話しかけてくるちさとさんは、姉も妹もいなくとも、輝いていた。
「ごきげんよう、ちさとさん」
私は笑顔で返すと、この場を去った。
「ちさとさんも、気をつけなさいよ」
ちさとさんは呆れ顔で言った。
「私には姉も妹もいないから、立浪繭に気をつける必要はないわよ」
今を生きている彼女たちは皆、輝かしい四つ葉のクローバーだった。
いや、三つ葉のクローバーなのかもしれない。
三つ葉のクローバーだって、輝いているのだから。
あの時、それに気付いた瞬間から、私は輝く資格を失ったのだ。
今更―
「ごきげんよう、立浪繭さま」
突然私の前に現れた生徒。真新しい制服は、一年生であろうと思われた。
「お願いがあるのですが」
私はかつてお姉さまにちょっかいをかけていたことはあった。だが、下級生から声をかけられる理由が見当たらなかった。
彼女―雪華と名乗る一年生は、裏庭へと歩いていく。
私も後をついていく。心の中の警戒度は、マックスまで高まっていた。
自嘲する。
まさか、立浪繭が気をつける、だなんて。
程なくして、人気のない裏庭にたどり着いた。
彼女、雪華は恭しく頭を垂れると「私を立浪繭さまの妹にしてください」と言ってきたのだ。
完全に想定外。
「私のことをご存知ないのかしら?」
ご存知ないまま私という存在と付き合ってしまうのは悪いと思ったから、言った。
「ええ、存じ上げておりますわ」
雪華の微笑みは、変わらない。
「立浪繭には気をつけろ、と」
「よくご存知で。その上で、私の妹になりたいっていうの?」
「ええ、その通りですわ」
思いもよらない返事に呆然としている私に、雪華は言った。
「私なら、どこにもいきません。誰になんと言われようとも。たとえ捨てられたって一生ついていきます」
もしかして。
浮かんだその想いに蓋をする。
違う。
私はもう、四つ葉のクローバーは掴めない。
「這ってでもしがみついてでも、何をしてでも決して離れません」
栄江さまから朱祢さんが妹になったことを知らされたあの時、マリア様は私にチャンスをくれなかったじゃないか。
でも。
私が掴んでいいのだろうか。
あれだけ望んで、渇望して。
多くの人をめちゃくちゃにしてきてまで欲しかったものが。
手に入るかもしれないという今になって、それを恐れているなんて。
でも。
私には四つ葉のクローバーが。
いや、たとえ四つ葉じゃなくったって。
ため息をついた。
「私、今はロザリオがないのよね」
私のロザリオは、栄江さまに返してしまったから。
「だから、こっち」
私は頭の後ろにある髪留めを外した。似合ってなんかいないのに、無理してつけていた髪留めは、私の唯一のプライドだった。
外された髪留めは、雪華の髪へと渡った。
私の返答に、雪華は頬を赤らめ、頷いた。
ふと見ると、校庭の隅にアカツメクサがピンクの花をつけていた。
―ああ、春が来るのだろう。
【ムラサキツメクサ】
マメ科シャジクソウ属の多年草。
和名:アカツメクサ。
花言葉は、勤勉、実直。
―そして、豊かな愛。
ムラサキツメクサ
分類:マメ科シャジクソウ属