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マリみてSS「Marchenkonigin」

お題:蟹名静(2020/08/19日分)

―カガミよカガミ、私の声に答えておくれ

「静さん、ちょっと」
リリアンを騒がせたバレンタインイベントも終わったある日、静はクラスメイト達に呼び止められた。
静が手渡されたのは、数個の茶封筒だった。
「今度の日曜日、志摩子さんとデートでしょう?」
「私達、デートプランをいくつか考えてみたの」
「費用の上限があるって聞いたから、収まるようにしたわ」
なるほど。試しにひとつ茶封筒の中を覗いてみると、クリップとホッチキスだらけのプリントが何枚も入っていた。
「わざわざありがとう。参考にさせてもらうわ」

私には、トクベツなチカラがある。
私には、人の心が読めるのだ。
あの冬の日、おとぎ話の少女のようにマッチの火に縋ってからだ。
真実を映し出す魔法の鏡を覗き込むように、相手の心が読めてしまう。
あの冬の日、自分の心と対峙したときに、はっきりと見えてしまった。
これを別の人に置き換えて、心の中で鏡の前に立たせると、相手の心も魔法の鏡を覗いたように分かってしまうのだ。
そう、私は。
魔法の鏡を操る、おとぎ話の女王様なのだ。

「よく調べ上げたこと」
自宅に戻り茶封筒を開いてみると、まるで興信所かと思うほどに詳細なデートプランが練り上げられていた。
とりあえず手近にある一枚のプリントに目を通す。

静は、想像する。
心の中にある鏡の前に、藤堂志摩子を立たせて。
「なぜあの場所にカードを隠したの?」 ―あのカードは私の心。隠しているけれど、誰かの目に触れてほしかった。
なるほど、それならあんな大胆に、そして繊細な場所に隠しはしないだろう。
「なぜあの時私からの姉妹の申し出を断ったの?」 ―私の姉は佐藤聖ただ一人だから。
あの時は驚いた。人づてに聞いていた"白薔薇のつぼみ"ではなく、生の藤堂志摩子を見た気がした。
「あなたは、なにか抱えていない?」 ―それは、お答えできません。

ふと気がつくと、机の上の資料が落ちてしまっていた。
拾おうと体を屈める前に、一枚だけ机の上に残っていたプリントがあった。
そこには、『デートプラン:リリアン女学園編』と書かれていた。
「学校、ねえ…」
静は思い返す。薔薇の館で、初めて藤堂志摩子から向けられた、生の感情を。
ー今後何があっても、私はあなたの妹になるつもりはありません。あなた以外の誰であっても同じです。私のお姉さまは、佐藤聖さまただ一人です。
彼女は、自分が落選し薔薇さまと呼ばれなくなることも構わない。それでも聖さまと離れないことを選んだのだ。
なんという、魂の結びつきか。
静はため息をついた。こんなに深い結び付きなら、聖さまが卒業されて一人になってしまったら、志摩子さんはどうなってしまうのだろう。
私はイタリアへ発つ。リリアンから自分が消えていなくなる。私は心残りはないけれど、志摩子さんはどうなのだろうか。
目の前のプリントに目を通す。日曜日の学校。これは使えそうだ。彼女には自覚してもらおう。自分が一人残されるという事を。
それだけでは駄目だ。もう一つピースが必要だ。佐藤聖さま、後で予定を聞いておこう。
そして、二人で考えてくれたらいい。志摩子さんが校舎で一人何を思うかは分からないけれど、聖さまが思いを受け止めてくれるだろう。

プランは決まった。ああ、今から楽しみで仕方がない。
惜しむらくは、私が二人の物語の結末を知ることができないことか。
けれど、それで構わない。
おとぎ話の女王様は、結末を知ることなく退場するものなのだから。

ーカガミよカガミ。私の願いを叶えておくれ

あとがき
メルヘンケーニギン。これはドイツ語で「おとぎ話の女王」という意味です。
これは蟹名静さまのキャラクターありきで思いついたSSですね。
静さまの洞察力の深さを、おとぎ話の魔法の鏡に例えた訳ですが、これは攻殻機動隊SACのデカトンケイル(AIが情報から人物の疑似人格を用意して対話できる)の話を見てインスピレーションを受けた次第です。
実際は違うでしょうけどね。
短編「静なる夜のまぼろし」が、まるでマッチ売りの少女みたいな話だったのも、メルヘンチックにした理由の一つです。
ちなみに、このSSは僕のSSで一番いいねをもらったSSでした。
作中では「選挙でライバルとなったクラスメイトと薔薇さまのわだかまりを解くためのデート」と志摩子さんは言っていて、それに対して聖さまは「考えすぎじゃないの?」と答えていましたが。
その答えの一つになれたなら嬉しいですね。

メルヘンケーニギン
分類:ハイブリッド・ティー・ローズ
作出:コルデス(独)
撮影:新宿御苑(2021/10/29)

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