マリみてSS「Aurantiacus」
お題:キンモクセイ(2022/10/05)
秋になった。
由乃さまと一緒にいられる時間は、もう長くない。
なんてことを考えてしまうのは、気温が下がってきたからだろうと、菜々は思った。
気温が下がって、気分が上がる人なんていない。
だから、ネガティブなことが浮かんでしまうのだと。
「帰ろうか」
下校支度を終えた由乃さまが私を待ってくれていた。
「はい」
小走りになってしまうのは、今一番会いたかった人だから。
さっきのネガティブな気持ちがそうさせているんだって思った。
今は一分一秒でも、この人と一緒にいたいんだ、と。
町並みの装いが、秋に変わっているのが分かる。
ブティックの品揃えが。
枯れたヒガンバナが。
そして。
「お、キンモクセイだ」
風に乗って香るキンモクセイの香り。
「本当ですね」
民家の塀の上から、オレンジの花がみえた。
「キンモクセイの花言葉は『気高い人』と言うそうですよ」
「なんで?」
「雨が降ると、潔く花を散らせるから、だとうです」
「ふーん」
良い香りなのにね、と由乃さまがつぶやく。
他には、香りの強さに対して花が小振りなことから「謙虚」もあるとか。
「へえ。ま、私には縁のない言葉ね」
「まったくですね」
「こらっ」
二人して笑い合う。
こんな日々も、あと何日残されているのだろうか。
それは、もう決まっていて。
ロザリオを頂いたあの日、心の底にしまい込んだ感情。
嬉しさで上書きしたはずの気持ち。
出会ってしまったら。
別れは必ずあるのだから。
夕日が私と由乃さまの頬と、町並みをオレンジ色に染めていく。
ふわりと香る、街路樹のキンモクセイの香りが。
(あっ…)
風に流されて、消えていく。
あの強い芳香も、忘れ去られてしまう。
私も?
由乃さまに忘れ去られてしまうのだろうか。
由乃さまのことを忘れ去ってしまうのだろうか。
二人の間には、この深い緑のロザリオしか残らないのだろうか。
私は、由乃さまの腕にしがみついた。
「お、菜々が甘えるなんて、珍しいね」
由乃さまは振りほどこうとしなかった。
そのまま二人はくっついて歩き出した。
私の頬が、由乃さまの頬が。
オレンジ色に染まっているのは、きっと夕日のせいだろう。
消えゆくとしても。
私のことを強く刻み込んで。
ふとしたときに、思い出してもらえるように。
一度きりの今を、一番に届けたい。
息の続く限り、ずっと本気に。