マリみてSS「Mon Coeur」

(お題:山口真美  2020/05/19)

点は線になって、線は真実を描き出してくれる、と。
そう思っていた。
―はずだった。

放課後の薔薇の館。机を挟んで、三人と一人。
三人というのは、めでたく薔薇さまになられた祐巳さん、由乃さん、志摩子さん。そして、私。山口真美である。
話は遡ってバレンタインデー。妹オーディションで妹となった日出実からの突然のプレゼントに固まってしまった私は、親友たちのフォローがなければ返事もできない有様。
なんとかイベントこそ無事終えることが出来たものの、この件は私に深い傷跡を残してしまったのだ。
「なるほどね。そこで日出実ちゃんにお礼をしたい、と」
「三人には恥を忍んで話すけど、他の生徒にも取材の名目で聞いてみたのよ」
それでも、なにかしっくりこなかった。普段なら取材を続ければ続けるほどに、本質が分かってくるはずなのだけれど。
「それで私達をとっ捕まえた、って訳ね」
ずばり由乃さんの言う通りであった。答えの出ない私は、三人に放課後時間を作れないかと相談を持ちかけたのだ。
今は予定もないし、良いんじゃない?とは祐巳さんの弁。志摩子さんは乃梨子に用を伝えると言って席を立ってしまった。きっと放課後を開けることをつぼみ達に知らせてくれるのだろう。心遣いに感謝である。
「私はね、お姉さまとは、そういった付き合いなんてなかったのよ」
もう卒業なされた私のお姉さま―三奈子さまは、常にリリアンかわら版にネタを提供することだけを考えていらしたから。何度かやりすぎて痛い目に遭ってもいるけれど。それはリリアンかわら版を、ひいては新聞部を愛していたことの裏返しではあった。
「お姉さまには、リリアンかわら版しかなかったし、普通の姉妹みたいなスキンシップはなかったし」
生徒を楽しませるために、ただひたすらにスクープを追い求めていらした。その姿勢だけは素晴らしかったと思う。行き過ぎてしまうことはあれども。
自分達姉妹が、いかに他の姉妹と違った付き合いをしていたか。それを祐巳さんと由乃さんは黙って聞いていてくれた。

「真美さんは、肝心な人への取材を忘れているのではないかしら?」
戻ってきた志摩子さんがクスリと笑った。
「そうね。新聞部のエースも、自分の事となるとからっきしね」
由乃さんは呆れ顔だ。
「これ以上、誰に聞けっていうのよ」
三人は顔を見合わせると、揃って私を指差した。
「まずは、日出実ちゃん。そして、真美さん、あなたの心」
祐巳さんの一言は、私の心の不意を突いた言葉だった。
「私の、心…?」
「だって、誰に向けてお返しをしたいの?」
「…日出実、です」
「誰がお返しをしたいと考えているの?」
「…私、です」
四人で顔を見合わせると、大いに笑い合った。
なんだ、簡単なことじゃないか。
取材する相手が間違っていた。新聞部のエースを自称する私が、なんたることだ。
それでは、答えはいつまでだって出ないはずだ。
「答えは見つかったみたいね」
「十何年生きてきたって、お姉さま歴は全然ひよっ子なんだから」
そう言う祐巳さんも、そして由乃さんも、お姉さま歴では全然なんだ。そう思うと、少し気が楽になった。
分からないものには直撃取材。これこそが新聞部のモットーではないか。
「そうね。私、意を決して聞いてみるわ」
誰の問題でもない。私と、日出実だけの問題なのだから。こうして三人の前で宣言すれば、もう後には引けない。自分で自分に喝を入れる。
「…じゃあさ、聞いてみたらいいんじゃない?」
そう祐巳さんが言うと、薔薇の館の扉が開いた。どうやら私は、ノックがあったことにも気付かなかったようだ。
入ってきたのは、三人のつぼみ達と―
「ひ、日出実!?」
つぼみ達が日出実を私の向かいに座るようエスコートすると、三人の薔薇さま達が入れ替わり席を立つ。
「瞳子、次のお芝居は何をするの?」
「それでしたら、ちょうど演劇部の部室が空いてますから、そちらで瞳子が披露しますぅ」
なんだその芝居がかった口調は。三年生を送る会で演じたヘレン・ケラーは、そんな大根役者じゃなかったはずだぞ。
「副部長を拝命したからには、たまには剣道部に顔を出さないとね」
「私が責任を持ってお姉さまをお連れ致します」
おいおい、もう由乃さんは誰の手も借りなくても自分で歩けるはずだ。黄薔薇姉妹はこれみよがしに手なんて繋いでいる。
「疲れたから、息抜きがしたいわね」
「でしたらお姉さま、ミルクホールで一服と致しましょうか」
ちょっと待て。白薔薇姉妹さん、一服だけなら薔薇の館でできるだろう。
これは…完全に、仕組まれたんだ。
私がこっそり他の生徒から取材として情報を集めていたことも、日出実との件を引き摺っていることも知っていたのだ。
私の脳裏に、ここにはいない鼻の効く眼鏡の顔が浮かんだ。おそらく、そこからタレコミがあったに違いないのだ。
三人に相談があると話した時に、志摩子さんは一度中座した。それは今日の活動中止をつぼみ達に知らせに行ったのではない。日出実を探させるためだったんだ。
「そういう事だから、真美さん。少し留守番を頼めるかしら?」
この様子では、きっと誰も薔薇の館を訪れないように手筈を整えているだろう。
観念するしか無い。腹は決まった。
「分かったわ。三十分くらい、留守番させてもらうわ」

取材するのは、日出実の心と、私の心。ペンとメモは常に肌身離さず持っている。
ここまでお膳立てされたのだ。いい取材結果を残さねば、新聞部エースの名折れである。
絶対、とびきりのネタにしてやる。
でも、リリアンかわら版には、絶対に載せてやらないんだから。

あとがき
モン  クゥール。フランス語で「私の心」という意味だそうで。
山百合会名物「姉妹問題を不意打ちだまし討ちで解決」を、真美さんにぶつけてみました(笑)
主要キャラクター達を話に絡められたので、個人的には書いていて面白かったSSでもありまして思い入れがありますね。
時系列的には、バレンタインから卒業後になるので、すごく間が空いているのですが、そこはまあ…(苦笑)

モン  クゥール
分類:シュラブローズ
作出:木村卓功

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