マリみてSS「Riserva」

お題:Answer(2021/9/29)

(自分の心の中に、寂しいなんて感情があったなんてね)
それも今日くらいは良いではないか。そう自虐的に蓉子は笑った。
今日は卒業式。自分がリリアンの生徒でいられる最後の日なのだから。
そんな蓉子に、長く艷やかな黒髪を揺らして、一人の少女が近付いてくる。
「祥子―」
祥子と付き合った二年間は、自分の十八年感の人生では短い付き合いで、リリアンでの三年間の中では大半を付き合ってきた。
もうぐしゃぐしゃの泣き顔ではない。しかし、影を感じてしまうのは、今日という日が特別な日だからだろうか。
一瞬だけ蓉子が感じ取った影をかき消すよな微笑みで言う。
「お姉さま、少しお話しませんか?」

今日は特別な日だから。
山百合会メンバーで集まっていた輪から離れても、誰も何も言うことはないし、追いかけても来ない。
こういうとき、仲間はいいものだと思うのだ。
最後になるであろう仲間たちの気遣い。それに感謝しながら並んで歩く。
「ここらでいいかしら」
噴水の見えるベンチに腰掛ける。祥子も頷き腰掛けた。
ここは、私達にとっては忘れられない場所。
初めて祥子と話をした、あのベンチ。

祥子とはとりとめのない話をした。とりとめのない、と言っても、別れを控えた私達にとっては、それは貴重で大切で温かい時間。
ひとしきりの話を終えると、蓉子は祥子に向き合い言った。
「祥子は…欠けてる何かは見つかった?」
これは、蓉子がしなければならない 質問《Question》 であり、あの時の自分への 回答《Answer》 だった。
多分、祥子もそれを待っていたはずだった。だから、このベンチに腰掛けたのだと。
「…ええ。見つけることができました」
蓉子の脳裏に一人の少女が浮かぶ。純粋で、天真爛漫で、おっちょこちょいで、そしてとびきり優しいあの少女が。
それはきっと、祥子も同じはずだった。
(私じゃ駄目だったか…)
それは少し、いや、大変に残念なことだけど、不思議とそこまで嫌な気持ちではなかった。
「見つかって良かったわね。その何か」
ミルクホールでのあの時に、蓉子はもう祐巳ちゃんにバトンは手渡した。ここからはもう、祥子と祐巳ちゃんの二人旅なのだ。
自分がこの結果に立ち会えない寂しさを振り払うように、蓉子はベンチから腰を上げた。
「お姉さまこそ」
祥子が口を開く。蓉子を見上げる祥子の顔は穏やかだった。
「大学に進学なさるんですから、何かを探していらっしゃるんでしょう」
(祥子、あなた――)
「見つかることをお祈りしてますわ。その何かを」
これは祥子からの質問《Question》だ。いや、気遣いと言うべきだろうか。
自分の持て余した心で手一杯で、周囲に気を配る余裕のなかった祥子が――
祥子は変わった。それも、いい方向に。
きっと、大切な何かを見つける日は近いだろう。
「そうね。それを探すために、進学したんだったわ」
もう心配はない。
これから祥子は、薔薇さまとしての深みを増していくことだろう。リリアンを引っ張っていく、真紅の薔薇へと。
それはまるで、熟成が進むたびに深みを増していく、赤ワインのように。
「戻りましょうか」

「祥子と何話してたのよ」
山百合会メンバーの輪に戻るなり、聖が耳打ちしてきた。全く、余韻に水を差す。
「別に、何も――」
ふと思いつき、今度は蓉子が聖に耳打ちをする。
「聖、成人したら、私と赤ワインを一杯付き合いなさい」
「え、なんでよ」
「いいから。なんでも、よ」
再来年。もう一つの真紅の薔薇が咲く頃に。
その頃私はにはいないけれど、輝かしく花開いた二輪の真紅の薔薇は、きっと芳醇な香りを放っているに違いないのだから。

あとがき
Answerで馴れ初めを描かれた蓉子さま祥子さま姉妹ですが、卒業式にこのようなやり取りがあったりしたら?と考えてみました。
祐巳を妹にして、一番喜んでいるのが蓉子さまかもしれませんね
タイトルは、長く熟成させたイタリアワインの名前だそうです。
蓉子さまも、祥子さまも、祐巳も。
熟成させた関係性が今後どうなっていくのでしょうね。


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