マリみてSS「Absent Friends」

お題:「マーガレットにリボン」より「デビュー」(2022/07/20)

紅薔薇さま。
その名前で呼ばれることに、まだ抵抗がある。
その名前は、少し前までは私のお姉さまのものだったはずだ。
でも、仕方がないのだ。
月日が流れるとは、そういうもので。
お姉さまが卒業されてしまったのは寂しいけれど。
その寂しさを埋めていくように、雑多な日々が過ぎ去っていく。
「―蓉子、蓉子ってば」
「あら、聖。どうしたの?」
「どうしたの?って…さっきから話しかけてたのに、聞こえてなかったの?」
「それは失礼したわ」
「その顔は、お姉さま症候群じゃあなさそうね」
御名答。流石にこうも付き合いが長いと、お互いに心の内は分かってしまうのだ。
「そうよ」
目を伏せる。
「叶えたい夢があるの」
でも、それは。
叶うのかどうか。
叶えていいのか。
そんな消えてしまうような、小さな夢。
「でも、叶うかどうか、叶えていいかも、分からないの」
沈黙。
私の突然の告白に、聖はキョトンとして言った。
「願ったんなら、叶えちゃえば?」
「えっ?」
ハッとした。
「願ってるだけで行動しないのなんて、蓉子らしくないよ」
はあ、とため息をつく聖。
「行動力があるのが蓉子のいいところでしょ?一人でできないなら、江利子もいるし」
私の目の前に、差し出された手。
「私だって、手伝うよ」
ニカっと笑った聖の顔。
「叶えちゃいなよ、蓉子の夢」
差し込む西日が眩しいからだろう。私は瞼の端を拭う。
「じゃあ」
その手を。
「お願いしちゃおうかしら」
差し出された手を取る。
「聖じゃちょっと頼りないけどね」
「手厳しいなあ蓉子は」
二人で笑い合い、並んで歩き出す。
私の夢。
それは、生徒との垣根のない、放たれた薔薇の館を見てみたい。
それは、もしかしたら、薔薇の館を神聖視している生徒には快く思われないかもしれない。
それでも。
いつか、きっと。
私一人では叶わなくても。
一緒なら。

「―水野さん、水野さんってば」
その声で、私の意識が引き戻された。
「次、水野さんの番よ」
そう急かす川籐さんも、日村さんも徳永さんも。
はあ、と私はため息をついた。
あの日結成された真面目グループは、今も続いている、
「そんなに知りたいの?私の高校時代の話なんて」
「そりゃあそうよ。だって水野さん、女子校の生徒会長やってたんでしょう?」
禁断の花園よね、なんて。黄色い声を上げて。
仕方ない。他の三人は話したんだし、このままじゃ私を離してくれそうもないし。
「私には、二人の腐れ縁の友人がいてね―」

今も私の心の片隅に残る、ひとつの記憶。
今はもう隣にいなくても。
私は、忘れない。

あとがき
アブセントフレンズ。「不在の友人」といった意味でしょうか。
ウァレンティーヌスの贈り物(前編)にて「山百合会でやりたいことは大体叶えてきた」という蓉子さまですが、それには聖さまや(ここには出てないですが)江利子さまの存在があってのことだったんじゃないかな、と思って書きました。

アブセントフレンズ
分類:フロリバンダローズ
作出:ディクソン(英)


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