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マリみてSS「Amie Romantica」

お題:鵜沢美冬(2020/07/15)

それは、ジョーカーというよりも、私にとっては銃弾だった。
バレンタインデーに私が見付け出したそれは、私に強烈なまでのメッセージを叩きつける。
漫画でよくある、天使と悪魔の囁きは聞こえてこなかった。
ただただ、自分がしてしまったことの恐怖で、体が動かなかった。

結局、私は紅いカードを埋め戻した。
素知らぬ顔で発見者として名乗り出る。そんな事などできるはずもなかった。
それでも、私の体は温室に閉じ込められてしまった。

「ごきげんよう。ごめんなさい、驚かせてしまったみたい」
「いえ…祐巳さん、ここにはカードを探しに?」
私は動揺を悟られないよう、咄嗟に適当な会話をした。
彼女は一目散に私が埋め直した場所へと歩き出すと、手近にあったシャベルでカードを掘り出した。
「祐巳さんは…どうしてそこにカードがあると?」
彼女は振り返ると、微笑みながら答えた。
「このバラが、ロサ・キネンシス。お姉さまが教えてくれたの」
錯覚だろうか。私と同じく小柄な彼女の背中に、真紅の薔薇が見えた気がした。
「そうなの…」
私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
祥子さんのメッセージは、確かに祐巳さんへと届いていて。
私は、それを受け取る資格なんてないと、心から思ったのだ。
「あなたも一緒に温室にいたんですから、二人で申請に行きません?」
私は耳を疑った。そして、一度ならず二度までも。彼女に完全敗北を喫した私には、その申し出に乗ることなんてできなかった。

「実はね、私…祥子さんがそこにカードを隠すのを見てしまったの」
もう耐えられなくなった私は、懺悔をするしかなかった。私の事を覚えてくれていなかった祥子さんにも、出来心で大変なことをしてしまった自分にも、私は嫌になってしまったから。
「ズルをしたって、何も嬉しくなかった。ただ、惨めなだけだった」
声が震える。プライドも何も残ってやしないのに。
「十年前に別れた私のことを、祥子さんは覚えてなかった。悔しくて、悲しくて。でも、こんなの仕返しにもならない。でも…」
自分でも何が言いたいのか分からない。ただ、心の中にある抑えきれない気持ちだけが、止まることなく溢れてくる。
「でも、でも…」
これまで黙って私の話を聞いてくれていた祐巳さんは、突然優しく私を抱きしめた。
「私も、最初はお姉さまに顔を覚えてもらえなかったわ」
祐巳さんが私に語りかける。
「朝、タイを直してくださって。放課後にお礼を言いにお伺いしたのに、私のことなんかすっかり忘れてしまっていて」
なんだか自分と似ているような、似ていないような。しかしそれは、かなり祥子さんらしい話ではある。
「お姉さまは、ご自分が劇の役をやりたくない口実として、私を妹にするなんて言い出して。そんな理由で妹にされても、嬉しくなんかない。なんでお姉さまには分からないのか、って泣いたこともあったわ」
かつての心の古傷が蘇ったか。祐巳さんは一呼吸の後、私から体を離すと、私の目を見てこう言った。
「それでも、私はお姉さまが好きなの。きっと、あなたも」
祐巳さんの言葉で目が覚める。ああ、そうだ。私達は、同士だったんだ。
「お姉さまのこと、嫌いにならないであげてください」
祐巳さんは、私よりも強かった。皆、彼女を幸運なミス・シンデレラと呼んでいたが、このシンデレラは自分で王子様を射止めたのだ。
三度目の敗北は、自分でも驚くほど素直に受け止めることが出来た。でも、このまま負けっぱなしは癪である。
「私が”祥子さん”のカードを貰う訳にはいかないわ。ごきげんよう、祐巳さん」
「ええ!?上級生とは知らなくて、失礼しました」
祐巳さんは私の事を同級生だと思っていたのだろう。これ以上ないほどに頭を下げてきた。
「いいのよ。こんな私の懺悔を聞いてくれて、ありがとう」
心が晴れ晴れした私は、ついこんな事を溢してしまった。
「もし同級生だったら、いいお友達になれたかもしれないわね」
私は振り返らずに歩き出した。祐巳さんの返答を待つことなく。
もう、温室に閉じ込められてなんかいない。全て投げ捨ててしまったから。

冬の風が、紅潮した頬に心地よい。
明日は、祥子さんになんて話しかけようか。
他愛も無い事でいい。
赤いカードは手元に残っていないけれど、美冬の心は満たされているような気がした。

あとがき
アミ・ロマンティカ。フランスのメイランド作出のつるバラですね。
Amieというのは、フランス語で「女友達」の意味なんだとか。

「もしあの場で美冬が正直に謝っていたら?」というIFストーリーです。
この二人なら女友達にはなれそうだな、という思いで書きました。


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