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マリみてSS「Versicolor」

お題:「いとしき歳月(後編)」より「いつしか年も」(2021/04/28)

窓から差し込む夕日。
遠くに聞こえる生徒たちの声。
放課後の薔薇の館。
もう卒業を控える私達には、この静かな時間の一秒だってかけがえのないものだ。

なんてね。そう自分に自分でツッコミをいれて、想像の世界を切り上げる。
詩人めいていて、自分でも照れくさいが、それは紛れもない蓉子の本心だった。
向かいに座り窓の外を眺める江利子も、きっと同じ気持ちに違いない。
(ギシッ…ギシッ…)
こんな素敵な静寂を。
(ギシッ…ギシッ…)
いつまでも過ごしていたいと思うのに。
「蓉子に江利子、ちょっと聞いてほしいんだけどさあ」
遠慮の欠片もない扉の開け方。
予感はしてた。
こんな時に静寂を崩すのは、聖しかいない、と。

「この前蓉子さ、自分の名前はフヨウのヨウ、って言ってたじゃない?」
「ええ。芙蓉の蓉、ね」
何の話、と訝しげな江利子には簡単に説明した。
自分の名前を伝える時は、芙蓉の蓉と言っていたこと。聖が扶養の養と勘違いしていたこと。
「ま、聖らしい話ね」
「聖ったら、自分の名前は耳口王で伝わるからって言うのよ。もっといい言葉がいっぱいあるのに」
「それもまた聖らしい話ね」
「まあまあ。私のことはいいから、これを見てよ」
そう言って聖が机の上に広げたのはー
「植物図鑑…?」
「うん。で、ここがね」
付箋がつけられているページをめくる。聖がこんなのに興味を示すとは珍しい。
“芙蓉(フヨウ) アオイ科フヨウ属 英名/Cotton Rose“
「コットンローズ、って言うのね」
「昔の人は、バラの花に見えてたみたいよ」
同じアオイ科の綿に木が似ていて、花はバラに似ているから、コットンローズ。
芙蓉の花と薔薇の花では違う気もするが。
それでも自分が薔薇さまと呼ばれる立場になったのも、なんだか運命めいていて、蓉子は自分の名前が誇らしくなった。
「で、その芙蓉には『酔芙蓉』って園芸品種があるのよ」
「花がピンク色に変化するやつね」
別の付箋がつけられたページには、白とピンクの花が見事な酔芙蓉の写真があった。
「えっと『白からピンクに花色が移りゆく様を、酔って赤面する様子に見立てて酔芙蓉と名付けた』と。昔の人はうまいこと考えるものね」
科学的には色素の変化が花色の変化をもたらすわけだが、なるほど。酔芙蓉とはうまく名付けたものだと感心する。
面白い話ではあるが、こんな植物学的な話をしたいがために聖はわざわざ図書館から植物図鑑を借りた訳ではないだろう。なにかあるに違いない。
そんな蓉子の頭の中を読んだのか、聖が蓉子の顔をちらりと見ると、ニヤリと笑った。
「ここ読んでみてよ」
「花言葉は『繊細な美』『しとやかな美人』…?」
「繊細な美、だってよ?」
ニヤリとした顔でこっちを見る聖。ご丁寧に、繊細な美という単語を強調して。
「しとやかな美人、ですって?」
同じくニヤリとした顔でこっちを見る江利子。わざとらしく、同じ様にしとやかな美人という単語を強調して。
「そういえば、富士山の事を『芙蓉峰』と呼ぶって聞いたことがあるわね」
「な…なによ?」
「芙蓉の顔、って言葉もあるし」
「もう、人の名前で遊ばないで頂戴!」
このまま二人のペースにさせていてはいけない。だったら、この話は早々に打ち切らなければ。
「あれ?自分の名前を、できるだけいいイメージで伝えたい、って言ってたよね?」
「へえ、蓉子がそんな事を言ってたのね。じゃあリクエストにお答えしましょうか」
じりじり。ニヤニヤとした二人が、顔を近付けてくる。
「あれ?蓉子、酔ってるの?」
「酔ってない!」
「酔芙蓉ね?」
「酔ってないわよ!」
蓉子は咄嗟に植物図鑑を手に取り顔を隠した。
酔っていなくとも、赤面しているのだけは、はっきりと自覚できたから。

あとがき
タイトルは、蓉子さまの自己紹介である「芙蓉の蓉」すなわち酔芙蓉の学名「Hibiscus mutabilis cv. Versicolor」から拝借しました。
Versicolorとは、ラテン語で「(色が)変化する」という意味です。
咲き始めは白っぽい花弁が、咲き進む毎に赤みが増すのを、人が酒に酔い顔が赤くなるのに例えたのが酔芙蓉(スイフヨウ)の由来です。
コンセプトは、「蓉子さまで遊ぶ薔薇さまたち」という感じで書いてみました。
上手く表現できたかは分かりませんが、この三薔薇さまたちのやり取りも見られなくなると思うと寂しいものがありますね。

バラじゃないじゃん!と思われるかもしれませんが、芙蓉の英名は「Cotton rose」アオイ科のバラ、という名前なんですよ。

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