マリみてSS「Pretender」
お題:水野蓉子(2023/03/15)
―でも、私はそんなあなたの弱い部分も好きよ
―私は、あなたの強いところが大嫌いだわ
「お疲れ様」
銀杏並木の下で、私は江利子に鞄を差し出しながら声をかけた。
「お疲れ様…そっちは?」
鞄を受け取る江利子。
「どうもこうもないわ」
先程、聖には伝えるべきことは伝えてきたつもりだった。
あとは本人がどう行動するかだけだ。
「江利子の方は?」
「志摩子さんにならお帰り頂いたわ」
「そう」
周囲に人気はなくて。まるで世界に二人だけになってしまったような感覚。
「これからどうなるのかしらね」
江利子が呟く。
「あとは聖の気持ち次第よ」
前の一年間は、白薔薇さまが優しく労ってくれた。
次は自分で動き出さなくてはならない。
そうなってくれなければ、白薔薇さまの献身が無意味になってしまう。
そうなってくれなければ、栞さんがリリアンを去ったことが無意味になってしまう。
「そうじゃなくて!」
珍しく江利子が声を荒げた。
それを私は―自分でも驚くほど静かに―黙って見ていた。
それは、先程の聖とのやり取りをしてきたからか。
或いは。
「私が聞いてるのは、蓉子の心よ」
その言葉の意味することを。
知っているからか。
「私の、心?」
私達は、互いにしばしの間見つめ合った。
沈黙―
それに我慢できなくなったのか。
先に声を上げたのは江利子だった。
「蓉子、あなたは聖のことを」
「それ以上言わないで!」
私は江利子の声を遮るように言った。
それは、なによりも雄弁に物語っていて。
「私は、聖の姉になって導くこともできない」
白薔薇さまはそうされてきた。でも、私にそれはできないことだ。
「妹になって支えることだってできやしない」
志摩子さんはそうできるかもしれない。でも、わたしにそれはできないことだ。
「最愛の人になって寄り添うことだってできないのに」
栞さんはそうしたかっただろう。でも、私にそれはできないことだ。
「これ以上、私が聖の何になれるって言うのよ」
頬を伝う冷たい感触。
江利子がそれを指摘しなかったのは江利子の優しさだった。
私がそれを拭わなかったのは私の意地だ。
江利子からは、私の顔はどう見えていただろうか。
私は目を伏せ。
視線を外し。
背を向け。
歩き出す。
「だからって…」
背中越しにそう呟く江利子の声が聞こえた。
だからといって、何もない。
白薔薇さまがそうしてきたように。
志摩子さんがそうしていくであるように。
栞さんがそうしたかったように。
私はしなければならないのだから。
(でも、私はそんなあなたの弱い部分も好きよ)
(私は、あなたの強いところが大嫌いだわ)
「知ってる」
一人そう呟くと、頬を拭った。
「自分でも好きじゃないんだから」