バラの歴史とマリア様がみてる「貴族の赤いバラ」
ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテという人物をご存知でしょうか?
彼の名前は、バラの歴史に触れる上では欠かせない人物です。
ナポレオン皇帝妃ジョゼフィーヌは、当時ヨーロッパに存在した大半のバラを、自身のマルメゾン宮殿に集めさせました。
今と異なり、植物を生きたまま輸送する、という事が難しい時代。
このバラ園を維持するためにかなりの額の費用を投じたとか。
そのジョゼフィーヌのバラを、宮廷画家として描いたのが、このルドゥーテです。
彼の繊細かつ緻密な描写によって描かれたバラは、絵画としての評価もさることながら、植物学的にも大変貴重な資料とされています。
これは、2016年に開かれた、第18回 国際バラとガーデニングショウでもらったファイルです。
今は開催されていないので、これが最初で最後となってしまいました。悲しいですね。
この絵がルドゥーテのバラ図譜に描かれていたものです。
今ならボタニカルアート、ってなものでしょうか。
見て分かる通り、非常に細かく描き込まれています。
これなら植物学的資料となるのも頷けますね。
こちらが、このnoteのタイトルにもある「貴族の赤いバラ」です。
(しかし、なんで横向きになるんでしょうね?スマホ側で向きを補正しても治りません…)
趣味の園芸で壁紙になったものがこちら。
怒られたら消します。
この貴族の赤いバラと呼ばれるバラ。
実物には下の方に「Rosa Indica Cruenta」と記載があります。
前の記事で、”キネンシスはバラ属エウロサ亜属インディカ節である”と申し上げましたが、インディカというのが共通しています。
このロサ・インディカは、大航海時代にインドのカルカッタ植物園で咲いていた真紅のバラが、イギリスの東インド会社の総裁ギルバート・スレイターによってヨーロッパにもたらされたことから由来します。
スレイターズ・クリムゾン・チャイナ。
学名を、ロサ・キネンシス・センパフローレンスと呼びます。
(佐倉草ぶえの丘バラ園で撮影したロサ・キネンシス・センパフローレンス)
さて、この真紅のバラ。
「ロサ」はバラ。「インディカ」はインドから来た、という意味。
では「Cruenta」とは何でしょうか。
翻訳にかけると、スペイン語で「血まみれ」という意味のようです。
なるほど、深みのある赤を血液に見立てたのでしょうね。
ここで本題。
僕はこの貴族の赤いバラから、Cruenta=血まみれの、という翻訳結果を見たときに、祥子さまを思い浮かべました。
祐巳に出会う前(もしくは出会った直後)は、自身の小笠原という名前やプライド、家庭の状況などが複雑に絡み合った結果、気難しさの塊であるお嬢様”小笠原祥子”でした。
短編「Answer」では、冒頭で、祥子さまの事を蓉子さまが「傷ついているのは行き場のない怪獣(祥子)の方なのかもしれない」と表現しています。
この件に関しては、バレンタインでのすれ違いや、レイニーブルーでの顛末で、我々もよく知っているところですね。
短編「静かなる夜のまぼろし」では、薔薇さまとしての祥子は不安である、として、静さまを山百合会にスカウトしているシーンがあります。
しかし、蓉子さまや、なにより福沢祐巳という妹を得たことで、最後はリリアン生を束ねるに相応しい紅薔薇さまとして開花しました。
レイニーブルーで、ついに打ちひしがれてしまった祥子さま。
僕はこれを、茨のムチを闇雲に振り回して、自分を傷付け「血まみれに」なってしまった祥子さまだと思いました。
バラの木も、強風に煽られると、自らのトゲにより葉や枝を痛めることがあります。
同じように、自分で自分を追い詰め傷付けてしまった祥子さま。
これは、僕の育てたロサ・キネンシス・センパフローレンス。
「ロサ・カニーナ」では、次期生徒会役員を選ぶ選挙演説のシーンが描かれていました。
自身に満ち溢れて堂々とした演説をする祥子さまを、祐巳は「真紅の花びらは開きはじめている」と表しました。
センパフローレンスは、semperflorensと表し、[semper]が「常時」、[florens ]は「花咲く(florere)の過去分詞」
[semperflorens]で、「常時開花する」すなわち、四季咲き性を表したラテン語です。
現代では、よほどのオールドローズ愛好家でも、このバラをロサ・インディカ・クルエンタとは呼ばないでしょう。
ロサ・キネンシス・センパフローレンスと呼ぶでしょう。
祥子さまも、もう自らで自分を追い詰めてしまうような、そんな弱い人間ではなくなりました。
紅薔薇さまとしての(見た目の、そして精神面での)美しさは、開花したのですから。