マリみてSS「Attire par mode」

お題:「涼風さつさつ」(2021/07/28)

目の前の少女は苛立っていた。
夏にやかましく響く蝉の音か。いや、冷房の効いた室内の窓の外で騒ぐ分には、暑さは微塵も感じさせはしない。
「いやあ、大外れだったわねえ」
ぷうと膨らんだ頬が、破裂する。
「もう、そんなの分かってるわよ!」

ここは蔦子の自室。
向かいに座るのは、新聞部の真美さん。
避暑中の紅薔薇姉妹をスクープする、という大任で乗り込んだ軽井沢は惨敗だった。
小笠原の別荘は見つからず。
たまたま見かけた、黄薔薇、白薔薇姉妹も見失い。
「私は結構楽しかったけどね」
豊かな自然は、本来女子高生しか被写体にする気のない蔦子にさえ、思わずファインダーを向けたくなる魅力があった。
ちょっとした小旅行は、夏休みの思い出になったけれど。
部活の活動とリンクしている真美さんは、そういう訳にもいかなくて。
「覆水盆に返らず、ってね。終わったことをくよくよしていても仕方ないって」
撮影できた後ろ姿の写真は、これでは誰だか分からない。蔦子にとってはかなりの失敗作に分類されるが、仕方のないものは仕方のないものだ。
ペンを走らせていた真美さんの手が止まった。
(さて、名記者さんは、どう料理するのかしらね)
写真はちっぽけで。
インタビューは出来てなくて。
小笠原の別荘も見つからなくて。
これでは原稿なんて書ける訳もなく。
「出掛けましょう!蔦子さん!」
「…はい?」
さすがの蔦子も、それは予想外の言葉だった。

「まあ、真美さんの気持ちは分からないでもないけれど」
ここはチェーンの喫茶店。蔦子の目の前にあるアイスコーヒー(クッキーのセットもある)は、ストローを回すとカラカラと音を立てた。
「先立つものが無い以上、紅薔薇姉妹に立ち向かおうってのは無理な話よ」
軽井沢に行った代償。宵越しの銭を持たぬ、という程ではないが、懐が寂しいのは事実である。
「それは分かってるわよ」
真美さんのオレンジジュースは、早くも無くなりかけている。
「でも、なんか…悔しいじゃない」
周りを見ても、人々はそれぞれの夏休みを謳歌している。
少なくとも、しかめっ面でオレンジジュースを啜っているのは、真美さんだけだ。
「花の女子高生が、せっかくの夏休みをねえ…」
もちろん蔦子もその”花の女子高生”ではあるのだが。
「じゃあ、今日はデートと洒落込みますか」
多分、蔦子が乗らなければ、真美さんはこのまましかめっ面のままだっただろう。それがニコッと笑ってくれたなら、道化けた甲斐もあるというもの。
とはいえ、先立つものがないのだけは、ごまかしようのない事実。
「お金のかからない場所にしましょう」
「バレンタインの時みたいな?」
「そうよ、節約しないと」
明確な目標ができると、ちょっとやる気が湧いてくる。
図書館だったら、お金をかけずに時間を潰せる。
前に誰かが言っていた、新しいお店を覗きに行くだけならどうだろうか。
レストランなんて行けないから、ファーストフード店に変えたらいい。
節約という制約も、むしろゲームのようで盛り上がる。

ある程度案が出尽くした頃。
「羨ましいなあ、祐巳さん達は…」
私達と違って。
大好きなお姉さまと過ごした夏休みは、さぞ優雅で楽しかったことだろう。
「まあまあ。庶民は庶民らしく、楽しもうじゃないのよ」
頬杖をつく真美さんの口の中に、最後のクッキーを放り込む。
「デートなんだから、楽しまなきゃ損、でしょう?」

あとがき
アティレ パル モード。フランス語で「お洒落に憧れて」という意味だそうで。
僕はメインキャラクターではないサブキャラクターは大好きなので、この二人のデートというのは見てみたいですね。

アティレ  パル  モード
分類:切り花系品種
作出:今井ナーセリー

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