マリみてSS「春乃」
(2020/05/20 お題:築山三奈子)
幸せな時間も、いつかは終わってしまう。
どんな劇だって、決まって幕引きは訪れる。
「もう帰りましょうか、お姉さま」
真美にしては珍しく、柔らかく諭すような言葉だ。
いつもなら可愛げもなく「お姉さま、時間です。帰りますよ」なんて、余韻の欠片もない言葉を投げかけてくるのだが。
新聞部の部室には、まだ紅薔薇さまと黄薔薇さまの空気が残っているような気がした。だから真美も、それに当てられているのだろう。
「そうね」
名残惜しい。それは三奈子の正直な想いだ。しかし、自分は明日リリアンを卒業する身である。それが分かっていたから、真美も用もないのに私に付き合って残ってくれていたのだろう。
それでも、最高のサプライズの余韻に、まだ浸っていたかった。
「真美、ありがとう」
三奈子は、真美を抱きしめて礼を言った。
「ちょっと、お姉さま!?」
真美は慣れないスキンシップに戸惑っていたようだが、構わない。
だって、私は今、幸せなのだから。
「新聞部じゃない自分に自信がなかったけど、こういうのも悪くないわね」
取材じゃない、ただのお喋り。答えも、道順もないけれど。
それがこんなにも心地良かったなんて。
「今度、一緒に出かけない?」
真美には姉妹らしいことなんてしてあげられてなかったから。他人の姉妹を追いかけていても、自分の妹には何もしてあげられなかったなんて。
思いかえすと、情けないやら、恥ずかしいやら。
急に顔が熱くなって、真美の体を離した。
「いや、もう卒業したら、お姉さまじゃないのよね」
自分は何を言っているのだろうか。慣れないことなんてするものじゃない。
「それに、そう!真美の妹!日出実ちゃんも連れて来たっていいし!」
今度は三奈子が慣れないスキンシップに戸惑っていると、真美の方から三奈子に抱きついて言った。
「…ふたりきりが、いいです」
ああ、ここは夢の中なんだろうか。
幸せのサプライズは、もう少し続きそうだ。
―宿りして 春の山辺に寝たる夜は 夢のうちにも 花ぞ散りける
あとがき
春乃は、「しのぶれど」「しののめ」に続く和歌をモチーフにしたバラです。
モチーフとなった和歌は、紀貫之が古今集で詠んだ歌だそうです。
卒業前小景で祥子さまと令さまと雑談をした事で、夢見心地の三奈子さまを表せたらなと思って書きました。
普段の三奈子さまのキャラクターとは違う面を出しましたが、それもまあ、浮かれた三奈子さまだから、という事で…
春乃
分類:ハイブリッド・ティー・ローズ
作出:京成バラ園芸
撮影:京成バラ園(2021/10/13撮影)