マリみてSS「Spend A Lifetime」
お題:「ロザリオの滴」(2021/05/26)
人の心の重さは計れないけれど。
物の重さは計ることが出来る。
今、乃梨子の首にかかっているロザリオは、重さ自体は負担になる重さじゃない。
志摩子さんは、自分で心の重さを乗せてしまっていたから、重く感じていたに違いない。
だから、今の気持ちとしては。
(こんなものか…)
これを首にかけるだけで、志摩子さんの悩みが解決するなら、乃梨子はあと十個でも百個でも首にかけようと思った。
「ところで、ロザリオってどこで手に入れるものなんですか?」
生憎と仏像鑑賞以外に興味のない身。ロザリオ屋さんがあるのかないのかも分からない。
ここは薔薇の館。
幸い、今は志摩子さんはおらず、令さまと由乃さましかいない。
流石に志摩子さんの目の前で聞く勇気はないし。
「私は、由乃のために選んで買ったけど」
令さまの言葉を受けて、由乃さまはロザリオを見せてくれた。
ダークグリーンのそれは、由乃さまのイメージに合っているかはともかくとして、とても綺麗に輝いていた。
「きれいですね」
乃梨子も胸元からロザリオを出した。由乃さまのとは違うけれど、これもまたこれで風合いがあって綺麗だ。
ふと、黄薔薇姉妹が話しかけてくる。さすがは従姉妹。シンクロしている。
だが、投げかけられた言葉だけは、全く想定していなかったけど。
「乃梨子ちゃん、そのロザリオの事、知ってる?」
「志摩子さ…」
ふと我に返る。ここは上級生の教室で。私は白薔薇さまのつぼみで。リリアンのしきたりは上級生には”さま”を付けることで。
「志摩子さまは、いらっしゃいますか…?」
後半は全く声になっていなかった。
いきなり訪れた後輩に、上級生の方々は何事かと凍りつき、唯一マイペースな志摩子さんだけは私の存在を認識してくれた。
「どうしたの、乃梨子?」
「少し、お話を…」
二人で歩く。校舎からはどんどん離れていく。
気付けば、例の、桜の木の下にいた。
桜なんて咲いていないけど。
「頂いたロザリオ、志摩子さんのお姉さま…からもらったものなんですね」
「ええ、そうよ」
志摩子さんの返答は、軽やかだった。
「そんな大切な物だったなんて」
乃梨子にとってなら、ロザリオはただのロザリオで。
でもそれは、志摩子さんにとってはー
「重かった?」
「いえ、そうでもないんですけど…」
モノで人との繋がりが維持できるかは分からない。乃梨子はロザリオなんてなくたって、志摩子さんと繋がっていられると思っている。
それでもー
「重みが分からない私なら構わないって」
「それは、ものの例えで」
「しばらく貸すと思ってかけたらいい、って」
「そりゃあ、言いましたけど」
志摩子さんはクスリと笑うと。
「じゃあ、返す?」
不意打ち。まさかあの志摩子さんが、そんな事を言うだなんて。
「私が卒業するまで、側に居てくれるのよね?」
悪意も邪心もない、天使のような微笑みに。
胸のロザリオを、ぎゅっと握りしめた。
「いいですよ。志摩子さんがそんないじわるしてくるなら、私だって考えがありますからね」
「それは怖いわね」
何をしてくれるのかしらね、なんて。志摩子さんはクスクスと笑う。
梅雨は明け、青空が広がる。
遮るものはなにもない。
「絶対に返さないから」
誰にも聞こえないようにつぶやく。
(卒業したって、ずっと側にくっついて離れてあげないんだから)
「帰りましょうか」
志摩子さんが手を差しのべる。
乃梨子はその手を、嬉々として握り返した。
あとがき
スペンド ア ライフタイム。「生涯を共に歩む」といった意味の言葉だそうで。
ロザリオの滴の乃梨子視点として書いてみました。
聖志摩派の僕ですが、この二人は書いていて面白かったりします。
スペンドアライフタイム
分類:切り花系品種
作出:堀木園芸